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ガルシア Garcia, Carlos Polestico

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ガルシア
Garcia, Carlos Polestico

[生]1896.11.4. タルボン
[没]1971.6.14. ケソンシティー
フィリピンの政治家。 1923年フィリピン法律学校卒業後,教師,フィリピン議会議員,地方長官を経て,41~53年上院議員をつとめた。第2次世界大戦の日本軍占領中は抵抗運動を組織。 53年国民党から副大統領候補に指名され,R.マグサイサイ大統領のもとで副大統領兼外相,57年3月同大統領の急死で大統領に就任,11月の選挙で再任。 61年の大統領選挙では副大統領の D.マカパガルに敗れた。

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百科事典マイペディアの解説

ガルシア

フィリピンの政治家。第2次大戦前下院議員,ボホール州知事,上院議員を歴任戦時中は抗日ゲリラに参加。戦後ナショナリスタ党指導者として上院議員,副大統領となり,1957年大統領マグサイサイの死により昇任

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ガルシア Garcia, Gonzalo

1557-1597* ポルトガルの宣教師。
元亀(げんき)3年(1572)イエズス会士に随行して来日。のちマニラでフランシスコ会にはいり,文禄(ぶんろく)2年(1593)豊臣秀吉フィリピン使節原田喜右衛門の帰国の際,ペドロ=バウチスタにしたがって再来日。堺,京都で活動したが,サン-フェリペ号事件で捕らえられ,慶長元年12月19日長崎で殉教した。40歳。日本二十六聖人のひとり。インドのバザイン市出身。

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世界大百科事典 第2版の解説

ガルシア【Carlos Polestico Garcia】

1896‐1971
フィリピンの政治家。ボホール島出身。フィリピン法律学校を優秀な成績で卒業後,郷里で町長,州知事を務め,第2次大戦中の日本軍占領下では反日ゲリラ活動に従事した。戦後の1946年にナショナリスタ党の上院議員となり,53年にはマグサイサイ大統領の下で副大統領となった。57年,マグサイサイの事故死により昇格し,第4代共和国大統領に就任した。61年リベラル党のマカパガルに敗れるまでの任期中に,経済政策面で民族資本を優遇するフィリピン人優先政策をとり,民族主義的政治家として知られる。

ガルシア【Victor Garcia】

1934‐
アルゼンチン生れの演出家。1946年ブエノス・アイレスで初めて劇団を結成。62年パリのテアトル・デ・ナシオン付属大学に入学。65年劇団コンクールに,ジャリ作《ユビュ王》の演出で優勝,一躍その名を知られるようになった。66年アラバル作《自動車の墓場》では,アルトーの演劇理論により,観客を劇場の真ん中に座らせ,四方で俳優が演じるという方式を実践し,エロティシズムと熱狂が混淆した内容と共に,演劇界にショックを与えた。

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367日誕生日大事典の解説

ガルシア

生年月日:1896年11月4日
フィリピンの大統領(1957〜61)
1971年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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