植民地,従属国の政治的・経済的自立を導く現地土着資本のこと。それは,経済的従属地で活動する外国資本の圧力に対抗する役割を担うものであり,外国資本と癒着した買辦資本(買辦)と区別される。もともと,19世紀末から第2次大戦までの植民地独立運動の担い手として論じられてきたが,今日では一般的に,外国資本に支配されず,国内市場を活動の場とする発展途上国の自立的な資本家層を指した総称になっている。しかし歴史学上の概念としては,依然として民族解放闘争を担う資本家という狭義の使われ方をしている。
先進資本主義の後進的周辺地域への浸透によって,商品流通が普及し,弱小工業の破壊,農民の土地喪失がひき起こされる。この過程で土着の資本制的企業が発生するが,これらはつねに強力な外国資本との競争にさらされて,不利な分野に活動を限定せざるをえない。ここに,民族資本が外国資本に対抗して民族解放闘争を主導する経済的根拠がある。両大戦間期の中国とインドとの民族資本がその典型例をなす。中国のそれは1911年の辛亥革命を遂行した。そして第1次大戦中とその直後の外国資本の活動休止期に中国の民族資本は大きく成長したが,30年代には封建的軍閥,外国資本と連携して国内の小農,プロレタリアートの革命勢力と敵対してしまった。これは,コミンテルン内部の分裂を招いたほど,民族資本の革命性への懐疑を生み出す結果となった。
他方,インドでも,イギリスの軍事戦略の後押しもあって,比較的大きな民族資本が発展したが,ここでは中国のように民族独立闘争と敵対することなく,民族資本がまとまって,国民会議派を結成し,インドの政治的独立に大きく貢献した。スワデーシー(国産愛用・英貨排斥)運動を通じて,綿紡織,鉄鋼等の分野を握るターター財閥,ビルラー財閥などは,独立運動の主体的な担い手となったのである。このように,民族資本が反帝・反封建闘争に一体化できるかどうかは,それらを取り巻く外的環境によって左右されるのであり,一概に民族資本を独立運動の主体的担い手と理解することはできない。
両大戦間期には,社会主義革命を指向する運動と民族資本の主導する民族主義との関係をめぐる理論領域が複雑にからみあっていた。第2回コミンテルン大会におけるM.N.ローイ(1887-1954)とレーニンとの対立,トロツキーとスターリンとの対立がこの問題把握の難しさを示している。レーニン,スターリンは民族資本の運動を支援することによって,社会主義的勢力の成熟を期待した。だがローイ,トロツキーは民族資本の運動が社会主義革命を圧殺する可能性を重視したとみられている。これは,あれかこれかの単純な問題ではない。この大会におけるレーニンの〈民族・植民地問題についてのテーゼ〉の原案も,近年かなりローイの意見で修正されたことを示す資料が発掘されており,これらのことからも問題の複雑さがわかる。
なお,石油会社を外資系と民族系とに分けることがよく行われるが,この民族系石油会社(出光興産,丸善石油など)のことをしばしば民族系資本ないし民族資本(の会社)と呼ぶ。
執筆者:本山 美彦
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植民地や従属国における土着の資本で、外国資本や植民地支配と対抗的性格をもつものをいい、独立運動において果たす役割をめぐって注目されてきた。中国においては、19世紀後半以降とくに20世紀に入ってから民族的企業の発展が著しく、第一次世界大戦期から直後にかけては、市場条件の好転もあって、民族的企業の「黄金時代」を迎えた。インドでも、19世紀後半から綿工業を中心としてインド人の資本による工業が発展した。第一次世界大戦後は、選択的保護政策の効果もあって、綿工業、鉄鋼業や製糖業などを中心としてインド資本による工業はいっそう発展し、彼らは、独立によって国家の政策を左右しうる地位を獲得した。これら民族資本について注目されることは、第一に、そのかなりの部分は、かつて植民地支配と結び付いて発展した商業資本であったが、工業に進出してゆくなかで国内市場をめぐって外国資本や植民地支配と対立するようになっていったこと、第二に、こうした民族資本の発展は、大衆的な民族運動の発展と相互に関連していたこと、である。
民族資本の多くは、一方で、多かれ少なかれ前近代的農村社会の存在、あるいはそこから流出する低賃金労働力を蓄積の基盤とし、他方で、植民地下で形成されたゆがんだ経済構造から利益を引き出すことも少なくなかった。そのため、民族資本は、徹底した社会的変革を起点とする自立的国民経済の建設を推進することはむずかしく、政治的、経済的な独立の達成という点でも、大きな問題を残さざるをえなかった。
[柳沢 悠]
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