ガンジー(英語表記)Gandhi, Indira

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ガンジー
Gandhi, Indira

[生]1917.11.19. アラハバード
[没]1984.10.31. ニューデリー
インドの女性政治家。 J.ネルーカマラのひとり娘。オックスフォード大学に留学。 1942年パールシー教徒のフェローズ・ガンジーと結婚。独立運動に参加,42~43年投獄。独立後 55年からインド国民会議派執行委員。 59~60年会議派総裁。 64年のネルー死後の L.シャストリ内閣で情報放送相,上院議員。 66年1月シャストリ急死で第3代首相。 67年下院議員に初当選。 69年社会主議的政綱をかかげて会議派の分裂を強行,71年の総選挙を大勝に導く。同年のバングラデシュ独立戦争への介入成功と相まって声威の頂点に立つ。しかし政治の強権主義を進め,75年からは非常事態宣言を発動し,一種の恐怖政治を行なったため 77年の総選挙で敗北し,下野。 80年1月の総選挙で圧勝,第6代首相に返り咲いた。パンジャブ州などで州分離要求や社会経済的対立が激化するさなか,84年 10月 31日,同州出身の2人のシク教徒護衛兵により官邸で射殺された。後任首相は長男の R.ガンジー

ガンジー
Gandhi, Mohandas Karamchand

[生]1869.10.2. カティアワール,ポルバンダル
[没]1948.1.30. デリー
インドの政治家。建国の父,マハトマ (偉大なる魂) と呼ばれた。 1891年イギリス留学から帰り,弁護士を開業。 1893年南アフリカに渡り,不当な人種差別,迫害を体験,インド人の人権を擁護するため非暴力抵抗のサティヤーグラハ運動を組織した。 1915年帰国,反英独立運動に参加。 1919年ローラット法に反対してインドで最初の不服従運動を指導,さらに 1930年塩専売法に反対し投獄されるなど,完全独立実現のため尽くした。その間インド国民会議派の育成に努力し,スワデーシ (国産品愛用運動) を指導,またイギリスの繊維工業の中心地であるランカシャーへの依存を断ち切るために糸車 (→チャルカー ) 運動を奨励した。第2次世界大戦中は,イギリスにインド即時撤退を要求して逮捕された。インドの分割独立に反対し,ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の融和に努めたが挫折,インド独立後の 1948年狂信的なヒンドゥー教徒に暗殺された (→インド独立運動 ) 。

ガンジー
Gandhi, Rajiv

[生]1944.8.20. ボンベイ
[没]1991.5.21. マドラス近郊スリペルンブドル
インドの政治家。フェローズ・ガンジーとインディラ・ガンジーの長男。ケンブリッジ大学に学んだ。インド国内航空のパイロットとなり,政治には関心が薄いといわれていた。しかし,インディラが後継者と目していた次男のサンジャイが 1980年に飛行機事故で死亡したため政界に入り,1981年補欠選挙で連邦下院議員に当選,母親の後継者とみなされるようになった。 1984年 10月 31日インディラが暗殺されると後任首相に任命され,1984年末の第8回総選挙では与党のインド国民会議派を率いて大勝,首相に再任された。 1989年 11月の総選挙では敗北し辞任。 1991年第 10回総選挙でタミルナードゥ州を遊説中にタミル過激派により暗殺された。イタリア出身のソニア夫人との間に一男一女をもうけた。

ガンジー
Ghanzi

ボツワナ中西部の町。ガンジー州の行政庁所在地。カラハリ砂漠北縁に位置。 1898年ボーア人が当時のケープ植民地首相 C.ローズの政策によって入植し,ガンジー農場を創設。酪農が主産業。空港がある。人口 5554 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉プラスの解説

ガンジー

1982年製作のイギリス・インド合作映画。原題《Gandhi》。インド独立の指導者マハトマ・ガンジーの生涯を描く。監督:リチャード・アッテンボロー、出演:ベン・キングズレー、キャンディス・バーゲン、ジョン・ギールグッド、マーティン・シーンほか。第55回米国アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞(ベン・キングズレー)、美術賞、脚本賞、撮影賞、衣裳デザイン賞、編集賞受賞。第36回英国アカデミー賞作品賞受賞。

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大辞林 第三版の解説

ガンジー【Gāndhī】

〔Indira G.〕 (1917~1984) インドの政治家。ネールの娘。1966年首相に就任。対パキスタン戦争勝利などにより指導力を強め、反政府運動に対し強圧策をとる。77年に下野したが、80年政権に復帰。シク教徒により暗殺。
〔Mohandās Karamchand G.〕 (1869~1948) インドの政治家・民族運動指導者。ロンドンに留学して弁護士となり、帰国後国民会議派に参加、これを指導して非暴力主義の立場から無抵抗・非協力・不服従の全国的な反イギリス独立運動を展開、マハトマ(Mahātma)と称せられた。1947年インド独立後はヒンズー・イスラム両教徒の融和に努力したが、狂信的ヒンズー教徒により暗殺。インド独立の父。ガンディー。

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精選版 日本国語大辞典の解説

ガンジー

〘名〙 (Guernsey) ⇒ガーンジー

ガンジー

[一] (Mohandas Karamchand Gandhi モハンダス=カラムチャンド━) インドの政治家、民族運動の指導者。イギリスに留学し、弁護士の資格を得て帰国。市民的不服従の非暴力的方法によってイギリス植民地主義と戦う。第一次世界大戦後、インド国民会議派を率い、イギリスからの独立運動を指導。第二次世界大戦後はヒンドゥー、イスラム両教徒の融和につとめたが、過激なヒンドゥー教徒によって暗殺された。文豪タゴールの献じた詩によって、マハトマ(大聖)‐ガンジーと呼ばれる。(一八六九‐一九四八
[二] (Indira Gandhi インディラ━) インドの政治家。父ネルーと共に独立運動に参加。一九六六年、首相に就任。インド国民派の党首として、また非同盟諸国首脳会議の長として大きな役割を果たしたが、シーア派に暗殺された。(一九一七‐八四

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