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キプロス問題

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

キプロス問題

60年に英国から独立後、74年のギリシャ系によるクーデターを機に、トルコがトルコ系住民の保護を名目に派兵した。南部ギリシャ系のキプロス共和国(キプロス)と、北部トルコ系の北キプロストルコ共和国(北キプロス)に分裂した。04年に再統合案が双方の住民投票にかけられたが、キプロスの反対多数で無効になった。キプロスは04年5月、単独で欧州連合(EU)に加盟。EUは06年12月、双方の対立を理由に、トルコのEU加盟交渉の一部を凍結した。

(2007-03-09 朝日新聞 夕刊 2総合)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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世界大百科事典 第2版の解説

キプロスもんだい【キプロス問題】

キプロス島をめぐる国際問題。同島内のギリシア系住民(約80%)とトルコ系住民(約19%)との対立を軸に,両系住民の背後にそれぞれギリシアとトルコが介入し,また東地中海域の安全保障をめぐってアメリカイギリスロシアの思惑がからむなどの複雑な問題をかかえている。キプロス島は1571年以来オスマン帝国の支配下におかれていたが,1878年以後イギリスの植民地となり,1923年のローザンヌ条約によって25年正式にイギリスに併合された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

キプロス問題
きぷろすもんだい

キプロス島はもとトルコ領であったが、ロシア・トルコ戦争(1877~78)の終末段階でイギリスはトルコと防御同盟条約(キプロス島条約)を結び、トルコを防衛する代償としてキプロスに対する施政権を得た。第一次世界大戦に際しトルコがドイツと同盟条約を結んだため、イギリスはトルコに宣戦し、キプロスの併合を宣言した(1914)。イギリスの支配下で、多数を占めるキリスト教徒ギリシア系キプロス人により、自治とギリシアへの帰属を求めるエノシス運動が起こった。この運動は第二次世界大戦後、反英暴動に発展したが、少数派のイスラム教徒トルコ系キプロス人は、これに反対して現状維持を主張した。
 問題打開のため、1959年2月に、イギリス政府の招請で、イギリス、ギリシア、トルコの3国政府と、ギリシア系住民、トルコ系住民の双方の代表によるロンドン会議が開かれ、この五者の合意により「キプロス共和国」が創設された。その憲法は、おのおの拒否権をもつギリシア系の大統領、トルコ系の副大統領、さらにギリシア系70%、トルコ系30%で構成される議会の設置を規定した。ギリシア系、トルコ系住民の統合問題が最大の課題とされた。しかしこの統合問題をめぐる危機と、トルコ系少数派の権利擁護に伴う財政問題から、1963年、マカリオス大統領は憲法改正に着手し、これがトルコ系住民の反発を買い、内戦状態となった。この内戦は、ギリシア、トルコ両国の軍事介入により国際化する危険があったため、同年3月に国連安全保障理事会は戦闘再発防止と、法と秩序の維持・回復のため、キプロス政府の同意を得て、国連キプロス平和維持軍(UNFICYP)を現地に派遣した。この国連軍は、内戦という困難な事態によく対処してキプロスの平穏化に努力したが、両系住民間の対立は解けず、1983年北キプロスのトルコ系住民は「北キプロス・トルコ共和国」の独立を宣言。国連安全保障理事会はその効力を否認した。1991年国連は「キプロス共和国」と「北キプロス・トルコ共和国」との連邦制を提案、それを受けてその後もしばしば南北の会談が行われた。しかし1997年、南によるミサイル配備計画やヨーロッパ連合(EU)加盟の動きに北が反発し、交渉は決裂。2国間の情勢はますます厳しいものになった。[香西 茂]
 2004年2月、国連事務総長アナンの仲介で南北両代表の直接交渉が再開された。4月にアナンは、キプロスをギリシア系とトルコ系からなる連邦国家にするという最終案を示し、この案に対し賛否を問う国民投票が行われた。しかし、ギリシア系キプロス人が多数を占める地域では賛成票が過半数に至らず、再統一は達成されなかった。その後、キプロス問題解決には大きな進展がみられていないが、2008年にはギリシア系キプロスのフリストフィアス大統領とトルコ系キプロスのタラット大統領が会談、再統一への交渉が行われるようになった。[編集部]

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