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ギーズ家 ギーズけ

世界大百科事典 第2版の解説

ギーズけ【ギーズ家】

ヨーロッパの名門貴族ロレーヌ公家から分かれた有力家系。ロレーヌ公アントアーヌの弟クロードClaudeが,フランス国王フランソア1世の下で戦い,その戦功によりギーズGuise公領を授与されたことに始まる(1528)。ロレーヌ公領は,1735年フランスに帰属するまで独立した公国であったから,それに連なるギーズ家も,フランスの貴族となりながら,依然半ば外国勢力と見なされ,疑いの目で見られることが多かった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ギーズ家
ぎーずけ
Maison de Guiseフランス語

16世紀に活躍したフランスの名門で、ロレーヌ公家の分家。1333年にギーズ伯の称号を獲得。1528年ギーズ公となる。初代はクロード・ド・ロレーヌClaude de Lorraine(1496―1550)で、国王フランソア1世(在位1515~47)の忠臣として活躍した。その子フランソア・ド・ロレーヌFranois de Lorraine(あだ名は「向こう傷」)(1519―63)は、宗教戦争の勃発(ぼっぱつ)とともに旧教派の首領として行動し、オルレアン攻囲のおりポルトロ・ド・メレによって殺された。3代はアンリ・ド・ロレーヌHenri de Lorraine(1550―88)で、父と同じあだ名をもち、ラ・リーグ(旧教同盟)の指導者。彼は、国王アンリ3世によって暗殺された。4代以降はフランス国王に服属し、ギーズ家は1675年に血統が絶え、その後公領はコンデ家に移り、1832年にはオルレアン家に渡った。[志垣嘉夫]

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世界大百科事典内のギーズ家の言及

【ユグノー戦争】より

…こうして,59年には,第1回全国改革派教会会議がパリで開催され,教義面でも規律面でも明確な組織化がはかられるに至り,新旧両教会の決裂は決定的となった。これに加え,同じ59年には,アンリ2世が没し幼王フランソア2世が即位するが,これを期に新王の外戚に当たるカトリックの指導者ギーズ一門(ギーズ家)が政権を掌握することとなり,これに対抗するブルボン一族やコリニー提督など反ギーズ派の貴族層はプロテスタントに接近する。こうして,〈宗教のユグノー〉は〈政治のユグノー〉へと大きく変容し,内乱勃発の条件は整った。…

※「ギーズ家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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