日本大百科全書(ニッポニカ) 「オルレアン家」の意味・わかりやすい解説
オルレアン家
おるれあんけ
Orléans
フランスの貴族で、王家近親の次の4家系からなる。第一は、1344年バロア朝の創始者フィリップ6世が第5子フィリップのためにオルレアン公領を創設したのに始まり、その一代で断絶した。第二は、1392年シャルル6世が弟ルイLouis d'Orléans(1372―1407)にオルレアン公領を与えて成立。その子シャルルCharles d'Orléans(1391―1465)は、アルマニャック派の中心となり、ブルゴーニュ派と争った。シャルルの子ルイは1492年ルイ12世として王位につき、オルレアン公領をフランス王領に併合。その後ルイ13世は、1626年王弟ガストンGaston d'Orléans(1608―60)をオルレアン公とし、第三の家系が始まるが、彼にも後継ぎがなく、その死とともに1660年ルイ14世の弟フィリップPhilippe Ⅰ(1640―1701)がオルレアン公となる。この第四の家系がもっとも有名で、ルイ15世の摂政(せっしょう)フィリップPhilippe Ⅱ(1674―1723)、フランス革命期に自由主義貴族の首領となったフィリップ・エガリテPhilippe Égalité(1747―93)、その子で1830年王位につき七月王政を開いたルイ・フィリップなどを含んでいる。
[服部春彦]