オランダの詩人,文芸評論家。アムステルダム大学で古典文学を学び,雑誌《観衆》に評論を書き,また《ネーデルラント》誌に詩劇の断章〈ロドピス〉を発表して文壇に出た。1885年にA.フェルウェー,F.W.vanエーデンらとともに《新道標》誌を創刊し,芸術至上主義にもとづく熱情的な美の追求者として“80年代”の個人主義的革新運動に指導的役割を果たした。好んで十四行詩を書き,その連作《子供と神の書》(1888)は,人間の哀歓を豊かなイメージで格調高く歌った詩人の絶頂期を示す。ほかに《詩集》(1894),《新詩集》(1895)などがある。また評論集《オランダ文学14年史》(1896)は当時の文壇に絶大な影響を与えた。
執筆者:渋沢 元則
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…一方,ベーツは写実的ユーモア小説の傑作《カメラ・オブスキュラ》(1839)を書き,またムルタトゥーリは自国の植民政策の非人道性を告発した小説《マックス・ハーフェラール》(1860)を発表し,その熱情的理想主義と斬新なスタイルは近代オランダ文学に絶大な影響を与えた。19世紀後半におけるオランダ社会の急速な近代化と自由主義の伸展に呼応して,文壇に新風を吹きこんだのが〈80年代派Tachtigers〉と呼ばれるクロース,フェルウェー,エーデン,ホルテルらを中心とする若い詩人たちである。彼らは《新道標Nieuwe Gids》誌に結集し,美それ自体を目的とする芸術至上主義を掲げて先輩たちの道徳的教訓的通俗性を激しく攻撃した。…
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