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クローマー 1st Earl of Cromer

世界大百科事典 第2版の解説

クローマー【1st Earl of Cromer】

1841‐1917
イギリスの行政官。本名Evelyn Baring。大金融資本家ベアリング一族の出身。1870年代末,破産状態にあったエジプトに赴き,財政監督官,イギリス債権者の代理人として,エジプト財政,ひいては政治全般に対する干渉を促進。82年,アラービー運動に出兵したイギリスがエジプトを単独軍事占領すると,翌83年,イギリス代表兼総領事としてエジプトに戻り,以後1907年の引退まで,事実上の支配者として君臨。財政・行政改革を通じてエジプトの国情を安定させ,宗主国たるオスマン帝国フランスをはじめとする列強からの干渉を排除することに腐心する一方で,工業化の抑制,綿作モノカルチャー化の促進を通じてエジプトの従属を固定化した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クローマー
くろーまー
Evelyn Baring, 1st Earl of Cromer
(1841―1917)

イギリスの植民地行政官。ウーリッジの陸軍士官学校に学んだのち、ジャマイカインドでの勤務を経て、1876年イギリスの債権者代表としてエジプトに渡った。その後ふたたびインド勤務に戻ったが、1883年イギリスの支配権が確立したエジプトに総領事として赴任し、1907年に引退するまで、エジプトにおける事実上の最高統治者として君臨した。彼はまず財政の再建を行い、ついで司法・行政制度の改革に着手して、イギリスの支配力の強化を図った。また綿花のモノカルチュア(単一耕作)の方向へエジプト経済をつくりかえていった。引退後は上院議員となり、著述に打ち込んだ。[木畑洋一]

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20世紀西洋人名事典の解説

クローマー
1st Earl of Cromer


1841 - 1917
英国の行政官。
元・エジプト総領事,元・上院議員。
本名Baring Evelen。
ウリッジの陸軍士官学校で学び、1867年イギリスの債権者の代表となり破産状態のエジプトに行く。1883年イギリスの支配権が確立するとエジプトに総領事となり赴任。その後エジプトの事実上の最高統治者として君臨し、財政・行政改革を行いイギリスの支配力の強化に務める。その他工業化の抑制や綿作モノカルチャー化の促進に力を入れ、エジプトの従属を固定化した。引退後は上院議員となる。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について | 情報

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