デジタル大辞泉
「ノーフォーク」の意味・読み・例文・類語
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ノーフォーク
- ( Norfork )
- [ 一 ] アメリカ合衆国バージニア州の都市。大西洋岸のチェサピーク湾湾口の南岸にある。軍港と、葉タバコの輸出港として知られる商港がある。
- [ 二 ] イギリス、イングランド東部の州。北海に面する。州都ノーリッジ。農牧業が発達し、羊毛工業が行なわれる。
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ノーフォーク
Norfolk
アメリカ合衆国バージニア州南東部の港湾・工業都市。人口23万1954(2005)。1682年建設。18世紀前半期までには西インド諸島やイギリス向けの貿易港として栄え,1740年ごろ州最大の都市に成長。チェサピーク湾域の主要港となる。独立革命中,イギリス海軍の攻撃から防衛不可能と判断され,全市が焼き払われた。革命後再興される。1815年以降商業港としては一時後退するが,南北戦争後は石炭,タバコなどの主要輸出港となった。第1次世界大戦後,軍事施設が拡張され,第2次世界大戦時には合衆国海軍の最大の軍港であった。現在は大西洋岸最大の海軍基地。日本占領期の諸史料を所蔵する〈マッカーサー記念館〉の所在地でもある。
執筆者:藤本 博
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ノーフォーク
Norfolk
アメリカ合衆国,バージニア州南東部,チェサピーク湾の出口に近い海港都市。同州最大の都市で,隣接するポーツマス,チェサピーク,ハンプトン,ニューポートニューズの諸港市とともに世界でも屈指の良港ハンプトンローズを囲み,連接して人口約 140万の大都市圏を形成している。町の起源は 1682年。タバコ,木材などの積出し,西インド諸島との貿易で繁栄したが,独立戦争で壊滅的な破壊を受け,黄熱病の流行 (1855) ,南北戦争 (61) などが続き,1870年の鉄道および港湾施設の完成まで復興は遅れた。その後ハンプトンローズは世界最大の石炭積出港となり,第1,2次世界大戦中は同盟国への物資や軍需品の積出しで拡張を続けた。現在おもな輸・移出貨物は石炭,タバコ,綿花,木材などで輸出のほうが輸入より多い。第2次世界大戦後の建築ブームで市街地は拡大し,造船,化学工業,繊維,自動車部品製造などの工業も盛ん。重要な軍港で,大西洋艦隊司令部がある。人口 24万2803(2010)。
ノーフォーク(公)
ノーフォーク[こう]
Norfolk, Thomas Howard, Earl of Surrey and 2nd Duke of
[生]1444. ストークバイネーランド
[没]1524.5.21. フラムリンガム
イギリスの貴族。ハワード家の一員で,初代公ジョンの子。 1483年サリー伯に叙せられ,85年父とともにボズワースの戦いにリチャード3世軍として従軍し敗北 (父は戦死) 。ヘンリー7世治世初期に投獄されたが許され,88年伯爵位を回復。 89年北部長官,1501年大蔵長官。王女マーガレット・チューダーとスコットランド王ジェームズ4世の結婚成立に尽力 (1503) 。 13年9月フロッドンの戦いでスコットランド軍を破り,ジェームズ4世を敗死させた。翌年公爵。 17年ロンドンの徒弟たちが暴動を起した「魔の五月祭」事件を鎮定。
ノーフォーク(公)
ノーフォーク[こう]
Norfolk, Thomas Howard, 4th Duke of
[生]1536.3.10.
[没]1572.6.2. ロンドン
イギリスの貴族。サリー伯ヘンリー・ハワードの子で3代公トマスの孫。旧教徒。 1554年祖父の跡を継いで公爵になる。 59~60年軍を率いてスコットランドに侵入。 68年イギリスに逃亡してきたメアリー・スチュアートとスコットランド貴族との紛争調査委員長をつとめ,メアリーにひかれる。 69年彼をメアリーと結婚させ,彼女を王位につけようとした旧教貴族の北部反乱に巻込まれ,投獄されたが,釈放。 71年同種のリドルフィ陰謀事件に加担,処刑された。
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ノーフォーク(アメリカ合衆国)
のーふぉーく
Norfolk
アメリカ合衆国、バージニア州南東部の港湾都市。ジェームズ川河口、チェサピーク湾の入口に位置する。人口23万4403(2000)。バージニア州の商業、工業、流通の中心地である。対岸のポーツマス、ニューポート・ニューズとともにハンプトン港を構成している。造船、食肉・水産物加工、自動車、肥料、化学製品、衣類などの工業がある。合衆国海軍大西洋艦隊司令部があり、軍港、海軍航空隊、補給基地などの巨大な軍事施設が広がる。1682年に町が建設され、たばこの輸出港として発展した。戦略的に重要な位置にあり、独立戦争と南北戦争時に戦火を浴びたが、南北戦争後、鉄道の開通によって内陸部との交通が改善されて港の機能が増大した。1845年に市となった。
[菅野峰明]
ノーフォーク(イギリス)
のーふぉーく
Norfolk
イギリス、イングランド東部、北海に面するカウンティ(県)。面積5372平方キロメートル、人口79万6733(2001)。県都ノリッジ。平坦(へいたん)な県で、西部をオアーズ川が北流してウォッシュ湾に流入する。オアーズ川流域には湿地帯が広がり、海面下の土地もある。東部は肥沃(ひよく)である。輪作、機械導入、家畜の舎飼いで高収益をあげ、イギリスにおける農業革命の口火を切ったノーフォーク農法の発祥地として知られる農業先進県。大規模な農場が多く、小麦、大麦、オート麦、テンサイ、野菜を産し、ウシ、ブタ、とくにシチメンチョウの生産が多い。缶詰、醸造など農業関連工業も立地する。好漁場のドッガー・バンクを沖合いに控え、漁業も盛んである。
[久保田武]
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「ノーフォーク」の意味・わかりやすい解説
ノーフォーク[島]【ノーフォーク】
オーストラリア東方,ニューカレドニア島南方約800kmに位置する島。オーストラリア領。1774年J.クックが来航。1788年―1856年には流刑地。気候温和で風光に恵まれ,観光が第1の産業。1956年には捕鯨の基地がつくられたが1962年以降休止。35km2。1576人(2006)。
ノーフォーク
米国,バージニア州の港湾都市。チェサピーク湾口に臨む天然の良港で海軍基地がある。商港としては,石炭,タバコ,穀物の積出しが多く,造船,自動車,食品加工などの工業も盛ん。1862年建設,以後貿易で栄えた。24万2803人(2010)。
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世界大百科事典(旧版)内のノーフォークの言及
【イースト・アングリア】より
…もとは中世のアングロ・サクソン[七王国]の一つ,イースト・アングリア王国の支配領域を指し,地名は〈東アングル族〉を意味する。北はウォッシュ湾から南はテムズ河口にまで及び,東は北海,西はフェンランドの低地と接する広大な地域で,現在のノーフォーク州,サフォーク州を中心に,ケンブリッジシャー,エセックス両州の一部をも含む。地形はなだらかな波状地を呈し,ほぼ全域が氷河堆積物や沖積土におおわれる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」