コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ケプロン ケプロン Capron, Horace

6件 の用語解説(ケプロンの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケプロン
ケプロン
Capron, Horace

[生]1804.8.31. マサチューセッツ,アトルバラ
[没]1885.2.22. ワシントンD.C.
アメリカから来日した北海道開拓使顧問。陸軍士官学校卒業。南北戦争で北軍に属し,陸軍少将で退役,U.グラント政権で農務長官に就任した。あたかも北海道開拓事業の推進を急務と考えていた日本政府から,明治3 (1870) 年,アメリカに派遣された開拓使次官黒田清隆が,ケプロンの来日をグラントに要請。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ケプロン(Horace Capron)

[1804~1885]米国の農政家。1871年(明治4)日本政府の招きで開拓使顧問として来日。札幌市建設、農学校設立などを献策した。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ケプロン Capron, Horace

1804-1885 アメリカの農政家。
1804年8月31日生まれ。グラント政権の農務局長。明治4年(1871)日本政府の要請で来日し,開拓使教師頭取兼顧問となる。北海道の道路,港湾の整備,農業,漁業,鉱工業の振興などについて基本計画をまとめた。8年帰国。1885年2月22日死去。80歳。マサチューセッツ州出身。アメリカ陸軍士官学校卒。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

ケプロン【Horace Capron】

1804‐85
アメリカの農政家。マサチューセッツ州に生まれ南北戦争にも従軍したが,戦後合衆国政府の農務長官となる。1871年(明治4)渡米した開拓次官黒田清隆の求めに応じて北海道開拓事業を助けることを決意し,職を辞して同年7月来日,開拓使の御雇教師頭取兼開拓顧問となった。同伴した御雇外国人を統括し,毎夏みずからも北海道を巡検して,北海道の各種調査や開拓諸事業(道路および鉄道敷設,鉱山採掘など)についての提言を行った。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ケプロン【Horace Capron】

1804~1885) アメリカの農政家。1871年(明治4)開拓使顧問として来日。札幌市建設・大農経営などを指導し、北海道開拓の基礎づくりに尽力。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ケプロン
けぷろん
Horace Capron
(1804―1885)

アメリカの農政家。連邦農務省長官(第2代)、退役陸軍少将。開拓使顧問兼教師頭。1871年(明治4)6月、北海道の開拓使十年計画推進のため、開拓使次官黒田清隆(きよたか)の要請に基づき、大統領グラントの推挙で、開拓使顧問として多くの技師を伴って来日。各種の調査にあたり、開拓方針確立のために尽力し、以後の北海道開発方針の基礎をつくった。3年10か月在日したが、帰国に際して残した「ケプロン報文」は彼の献策の精髄であり、札幌農学校開設などその献策の多くが実施された。岩倉遣外使節に同行の津田梅子ら5少女のアメリカ留学生の派遣も彼の建言による。85年2月22日ワシントンで82歳の生涯を閉じた。[梅溪 昇]
『逢坂信著『黒田清隆とホーレス・ケプロン』(1962・北海タイムス社) ▽原田一典著『お雇い外国人13 開拓』(1975・鹿島出版会)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のケプロンの言及

【開拓】より

…歴史家F.J.ターナーは,西部開拓がアメリカの個人主義,経済的平等,立身出世の自由,民主主義を促進したと指摘している。このようなアメリカ開拓の精神と技術は,日本の北海道開拓にあたり,H.ケプロンやW.S.クラークによって伝えられたのである。【岡田 泰男】
[日本]
 日本における耕地の歴史については〈〉〈〉の項目を参照されたい。…

【開拓使】より

…このほか東京出張所があって政府との連絡にあたり,黒田も東京出張所にあって開拓事務を指揮することが多かった。開拓使はアメリカからH.ケプロン以下の顧問団を招き,その助言を得て,1872年から10年間毎年100万円の政府支出に管内税収を加えて開拓事業を進めた。W.S.クラークを招いて設立した札幌農学校や官園(東京,函館,札幌の農事試験場)によって開拓技術者の養成と洋式農法の導入をはかり,函館から森,室蘭から札幌に至る新道の建設や小樽,札幌,幌内炭坑を結ぶ幌内鉄道の建設などの交通手段を整備し,ビール,製糖,製麻などの農産加工工場や木工,鉄工,製網など生産や生活にかかわる諸工場や各種の鉱山など多くの官営事業を営んだ。…

※「ケプロン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ケプロンの関連キーワードストックブリッジマサチューセッツ工科大学レノックスロックポートマサチューセッツマサチューセッツ州庁舎ホイラーSeven Sistersマサチューセッツ教育法マサチューセッツ族

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ケプロンの関連情報