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コンスタンツ Konstanz

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コンスタンツ
Konstanz

フランス語ではコンスタンス Constance。ドイツ南西部,バーデンウュルテンベルク州の都市。ライン川ボーデン湖から流出して西部のウンターゼーに入る水路北岸に位置し,スイス国境に接する。ローマ皇帝コンスタンチヌス1世の創設に始る。 1192年に神聖ローマ帝国の帝国都市。 1547年以降オーストリアの支配下に入り,1805年にはバーデン公領となった。歴史的には,1414~18年教皇対立を終らせようとして,この地でキリスト教公会議 (コンスタンツ公会議) が開かれたことで特に知られる。湖岸は風光明媚で,市立公園,遊歩道,カジノ,ボート基地などがあり,保養地,ボーデン湖周辺の観光基地としてにぎわう。 11世紀から 17世紀にかけて建築された聖堂,ルネサンス様式の市庁舎,旧公会議場など著名な建物も多い。飛行船のツェッペリン伯 (1838~1917) の生地で記念碑がある。人口7万 5089 (1991推計) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

コンスタンツ【Konstanz】

ドイツ南部,バーデン・ビュルテンベルク州のスイスとの国境近くに位置する小都市。人口6万8305(1980)。観光地ボーデン湖畔の中心地。遅くとも600年には司教座設置(1821年まで存続)。交通上の要地として早くから商業が発達し,900年には市場特権を獲得。12~13世紀のシュタウフェン朝時代に最初の盛期を経験し,1237年以来帝国都市と呼ばれた。1414‐18年,公会議(コンスタンツ公会議)がこの地で開かれた。

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大辞林 第三版の解説

コンスタンツ【Konstanz】

ドイツ南部の観光都市。スイスとの国境にあるボーデン湖に面する。一五世紀初め、教会の分裂の解決を目的とするコンスタンツ公会議が開かれた地で、この時フスの焚刑ふんけいが決定された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コンスタンツ
こんすたんつ
Konstanz

ドイツ南西部、バーデン・ウュルテンベルク州の都市。人口7万8500(2000)。ボーデン湖(標高395メートル)からライン川が流れ出る所に位置し、市街地の南縁はスイスとの国境となっている。ライン河谷と、スイス、イタリアを結ぶ交通の要地で、ローマ時代に城塞(じょうさい)が築かれ、中世には交易都市として栄え、12世紀には神聖ローマ帝国の直轄都市になった。カトリック教会の宗教会議コンスタンツ公会議の開催地。南バーデン地方の中心都市で、旧市街には往時の繁栄をしのばせる建造物が多く残り、観光地としてにぎわっている。織物、化学、電気器具の工業がある。1966年に大学設置。[朝野洋一]

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