翻訳|Samson
定着時代(前13~前11世紀)のイスラエルのダン部族出身の伝説的英雄で,民間説話的素材を多く含む〈サムソン物語〉(《士師記》13~16)の主人公。神の助けでうまずめの母マノアから生まれ,霊能の怪力を授かったので,宿敵ペリシテ人を数多く殺した。しかしこの時代のイスラエルの軍事的指導者たちとは異なり,彼の行動の動機は個人的であり,ペリシテの女を愛して失敗を重ね,ついに身を滅ぼした。彼は最初に愛した女の家での結婚の宴に集まったペリシテ人になぞ解きを課したが,女に答を洩らして苦杯をなめた。彼は,次に遊女を相手にし,最後にはデリラDelilahを愛して,ついに怪力の秘密を洩らして髪を切られ,捕らわれて目をえぐられた。しかし獄中で伸びた髪のおかげで怪力が戻ったので,ダガン神殿の柱を揺さぶり倒壊させ,祭りの群衆3000人を巻添えにしてみずから死を選んだという。その波乱の生涯は文学,美術,音楽などの主題として愛好され,ミルトンの叙事詩《闘士サムソン》(1671)やサン・サーンスのオペラ《サムソンとデリラ》(1868-77)は特に知られている。
執筆者:並木 浩一
初期キリスト教時代の例に,ローマ,ラティナ街道のカタコンベに壁画(4世紀)として描かれた〈ライオンを引き裂くサムソン〉〈ペリシテ人の畑を焼くサムソン〉〈ロバの骨でペリシテ人たちを殺すサムソン〉の3場面がある。これらのサムソン像はヘラクレスの図像が原形になっていると考えられる。中世初期以降は聖書写本挿絵などにサムソン伝の諸場面が描かれるようになり,上記の場面のほかに〈なぞを解くサムソン〉〈ガザの遊女のもとでペリシテ人に襲われるサムソン〉〈サムソンの髪を切るデリラ〉〈目をつぶされるサムソン〉〈さらしものにされるサムソン〉〈神殿を破壊するサムソン〉などが見られる。サムソンは《士師記》の記述に従い,肩に垂れる長い髪とたくましい身体を特徴とする。近世以降では,レンブラントやルーベンスらがサムソンを主題にした作品を残した。
執筆者:浅野 和生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
『旧約聖書』の「士師記」に登場する英雄的人物で、北方の民族ダンの出身。歴史上実在した人物というより、人口に膾炙(かいしゃ)した伝説上の人物という面が強い。その生涯は、イスラエルをペリシテ人から救うために捧(ささ)げられたといわれる。「士師記」のサムソン物語(13~16章)は大略四つの部分からなる。第一は誕生の予告。サムソンはナジルとして生まれた。ナジルとはヘブライ語で聖別された人をさし、散髪、飲酒、不浄な食物の摂取を禁じられた。第二はペリシテ人の女デリラとの婚礼と謎(なぞ)解き。サムソンが獅子(しし)を殺すと、それに群がるハチから蜜(みつ)がとれた。そこで客に謎をかける。「食らう者から食い物が出、強い者から甘い物が出た」。妻がせがむので、サムソンは謎を明かす。「蜜より甘いものに何があろう。獅子より強いものに何があろう」。しかし、これは答えではなく、新たな謎であった。答えは愛。妻にも客にもそれがわからなかった。第三は、サムソンがロバのあご骨でペリシテ人1000人を打ち殺した話。第四はサムソンとデリラの物語。怪力の秘密が、切ったことのない長髪にあることをデリラに漏らしたため、長髪を失ってサムソンはペリシテ人に捕らえられる。だが神に祈って力を回復し、異教の神殿を倒壊させつつ自らも死んでいく。この物語は映画や演劇の素材に取り上げられるが、サン・サーンス作曲のオペラ『サムソンとデリラ』が有名である。
[市川 裕]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…《メサイア》は慈善演奏会で演奏され,収益はすべて寄付された。ヘンデルのオラトリオは,《エジプトのイスラエル人》や《メサイア》のように聖書の言葉そのものを用いた宗教的性格の強い作品はむしろ少なく,ミルトンのテキストによる《サムソン》(1743)のようにイギリスの文学に直接関連するか,あるいは旧約聖書の物語を英語で翻案したものが大部分である。また,文学的な内容においては聖書の物語やイギリスの文学に関連しながらも,彼のオラトリオは音楽的にはイタリア・オペラのほか,アンセムやカンタータまた受難曲などを総合した劇作品であり,彼の死後にかけてイギリスの中産階級の健全な娯楽としての機能をもちつづけた。…
… 髪は権威や力も象徴する。旧約聖書《士師記》のサムソンは髪に怪力の秘密があることを妻デリラに打ち明け,そられて捕らえられたが髪は伸びて再び力を得,3000のペリシテ人が屋根にいる家の柱を倒してともに死んだ。メガラ王ニソスNisosは白髪の中に1本の緋(ひ)色の毛があり,これが強力な統治権を保証していたが,敵将ミノスに恋した娘スキュラSkyllaに切りとられた。…
…ヘブライ語でナージールnāzîrとは〈聖別された人〉を意味し,誓願者はブドウ酒を断ち,髪を切らないなどの規定を守った。一時的誓願者と生涯の誓願者があり,サムソンは後者の例で,頭髪の定めがサムソン物語の重要な話として生かされている。パウロもまたある誓願を立てて,一時的にナジル人となった。…
… 有史以前の人類が人や動物の頭蓋骨や長骨を生活用品や武器として用いていたことは遺物からも明らかである。旧約聖書《士師記》によれば,巨人サムソンはロバの新しいあご骨をもってペリシテ人に立ち向かい,〈ろばのあご骨をもって山また山を築き,ろばのあご骨をもって1000人を殺した〉(15:16)。のち武器を捨てた地は〈あご骨の丘〉と呼ばれたという。…
※「サムソン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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