シアル酸(読み)シアルサン

デジタル大辞泉 「シアル酸」の意味・読み・例文・類語

シアル‐さん【シアル酸】

sialic acid》分子中にカルボキシル基カルボニル基アセトアミド基をもつ、複雑な構造単糖糖たんぱく質糖脂質などの糖鎖末端に存在し、多様な生理現象に関与している。
[補説]インフルエンザウイルスは、シアル酸を末端にもつ糖鎖を受容体として宿主細胞に吸着し、細胞内に取り込まれ増殖した後、ノイラミニダーゼという酵素によってシアル酸から切り離され、宿主細胞外に放出されて他の細胞に感染する。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「シアル酸」の意味・わかりやすい解説

シアル酸
しあるさん

単糖の一種で、1分子中にカルボキシ基(カルボキシル基)、ケト基(カルボニル基)、アセトアミド基をもつ複雑な構造をしている。代表例はN-アセチルノイラミン酸で、これはピルビン酸とN-アセチルマンノサミンのアルドール縮合体と考えられる。シアル酸の性質のうちでとくに重要なことは、カルボキシ基の存在である。シアル酸は糖タンパク質、糖脂質(ガングリオシド)の非還元末端に幅広く分布し、これらに酸性の性質を与えている。また細胞表面の陰電荷のかなりの部分はシアル酸に起因している。

 シアル酸はいくつかの生理現象と関連するが、インフルエンザウイルスの感染との関係はその一例である。インフルエンザウイルスは、細胞膜のシアル酸を末端とする糖鎖(糖が重合した物質)を認識して細胞に吸着し、受容される。ウイルスは、この細胞内で増殖すると、自らのもつ酵素(ノイラミニダーゼ)の働きによってシアル酸を切り離し、細胞外に出ていく。その後、また別の未感染の細胞に侵入し、増殖、遊離を繰り返し、感染が拡大すると考えられる。

 なお、顎下腺(がくかせん)(唾液(だえき)腺の一つ)の分泌する粘液は、とくにシアル酸含量の高い糖タンパク質からなる。実際、シアル酸の研究は、1936年ブリックスGunnar Blix(1884―1980)がウシの顎下腺からこの物質を単離したことに始まる。

[村松 喬]

『箱守仙一郎・永井克孝・木幡陽編『グリコバイオロジーシリーズ4 グリコジーンとその世界』(1994・講談社)』『福田穣編『Newメディカルサイエンス 糖鎖研究の最先端』(1996・羊土社)』『化学工学会編『化学工学の進歩32 生体工学』(1998・槇書店)』『上島孝之著『バイオテクノロジーシリーズ2 酵素テクノロジー』(1999・幸書房)』『小倉治夫監修『複合糖質の化学』(2000・シーエムシー)』『川嵜敏祐・井上圭三・日本生化学会編『シリーズ・バイオサイエンスの新世紀4 糖と脂質の生物学』(2001・共立出版)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「シアル酸」の意味・わかりやすい解説

シアル酸 (シアルさん)
sialic acid

ノイラミン酸neuraminic acidのアシル誘導体総称であり,N-アセチルノイラミン酸,NO-ジアセチルノイラミン酸,N-グリコリルノイラミン酸などが含まれる。このうち最も分布が広いのはN-アセチルノイラミン酸である。

シアル酸は1分子中にカルボキシル基,ケトン基,アセトアミド基を兼ね備えた複雑な構造の九炭糖であるが,特に重要なのはカルボキシル基の存在で,このためシアル酸分子は酸性の性質を持つ。シアル酸の名はこの物質が初めて抽出されたのがウシの唾液(だえき)腺であったところからきている(ラテン語のsialは〈唾液の〉という意味の接頭辞)。

 シアル酸は糖タンパク質糖脂質の非還元末端にしばしば存在する。シアル酸を有する糖脂質はとくにガングリオシドgangliosideと呼ばれる。細胞膜は糖タンパク質,糖脂質に富み,この糖部分は細胞膜の表層側に位置している。したがって,シアル酸は細胞表層の負電荷のかなりの部分を担うことになる。実際,赤血球の電気泳動移動度は,シアル酸を酵素によって除去すると大きく低下する。

 血清の中のタンパク質は,アルブミン以外のほとんどすべてのものが糖タンパク質であり,シアル酸を結合している。このシアル酸が除かれ,その次の位置にあるガラクトースが末端に露出すると,糖タンパク質の多くのものは,肝細胞の表面にある特異タンパク質によって認識され,肝細胞にとり込まれて処分されてしまう。すなわち,シアル酸は〈除去すべしという印〉をおおい隠す役目をしている。一方,インフルエンザウイルスは細胞膜のシアル酸を認識することによって細胞に吸着する。そのあとで,ウイルスが持っているノイラミニダーゼneuraminidase(シアル酸を切り離す酵素)の作用で,シアル酸の結合を切り,この時に起こる細胞表層の立体構造変化を利用してウイルスは細胞内に侵入すると考えられている。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

化学辞典 第2版 「シアル酸」の解説

シアル酸
シアルサン
sialic acid

シアリン酸ともいう.ノイラミン酸誘導体の総称.ムコ多糖,糖タンパク質,糖脂質,人乳のオリゴ糖などの構成成分として広く動物界に分布している.ノイラミン酸はα結合で,糖鎖の非還元末端に結合しているが,図の R4~R9 がアセチル化されるほかに,R5 がグリコリル化,R8 がメチル化および硫酸化,R9 がラクチル化およびリン酸化された20種類以上の誘導体が知られている.これらは弱アルカリで,ヘキソサミンとピルビン酸に分解し,前処理なしに直接エールリヒ試薬により紫色を示す.不飽和の2-デオキシ-2,3-デヒドロ-N-アセチルノイラミン酸も知られているが,N-アセチルノイラミン酸がもっとも代表的なものであり,生化学的には可逆的酵素反応によりN-アセチル-D-マンノサミンとホスホエノールピルビン酸から合成あるいは分解される.シアル酸含有複合糖質では,シアリダーゼによるシアル酸の除去により,はじめて引き続く糖鎖の分解が可能になる.シアル酸は糖タンパク質に高い粘度を付与し,細胞表層の陰性荷電に大きく寄与し,細胞膜の営む種々の機能に関与している.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シアル酸」の意味・わかりやすい解説

シアル酸
シアルさん
sialic acid

ノイラミン酸群の総称で,シアリン酸ともいう。ウシの顎下腺ムチンから最初に分離された (1936) 。酸性ムコ多糖類の一成分で,マンノースアミンとピルビン酸の縮合物である。ノイラミン酸 (分子式 C9H17NO8 ) のほか,o- ,p- ,e- ,b- シアル酸などが知られている。血液型物質などの糖蛋白質の糖鎖の非還元末端に存在していて,ノイラミニダーゼ (シアリダーゼ) 処理によって容易にはずすことができる。インフルエンザウイルスによる赤血球凝集反応を阻害することで知られていたが,これはウイルス表面のノイラミニダーゼスパイクに作用するためである。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

栄養・生化学辞典 「シアル酸」の解説

シアル酸

 ノイラミン酸の誘導体の総称で,N-アセチルノイラミン酸は代表的化合物.糖タンパク質の構成成分.⇒N-アセチルノイラミン酸

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のシアル酸の言及

【単糖】より

…アミノ糖の代表例はD‐グルコサミン(図(4))とD‐ガラクトサミンであり,これらはアミノ基がアセチル化された形で多くの天然物質中に存在している。さらに九炭糖(ノノース)で多くの官能基をもつシアル酸という物質も知られている。 単糖は白い粉末であり,水によく溶ける。…

※「シアル酸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

仕事納

〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...

仕事納の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android