現実との対応関係から解放され、もはや現実を反映する必要のない純粋な記号としての「もの」やイメージまたはそれらのシステムを意味する(原語はフランス語だが、特定の訳語はない)。
語源的には「表象、イメージ」を意味するラテン語シミュラークルムsimulacrumに由来し、歴史的には主にキリスト教からみた「異教の偶像」を指して用いられたが、この語にまったく新しい現代的な意味作用を与えたのはフランスの社会学者ジャン・ボードリヤールである。彼は『象徴交換と死』L'Échange symbolique et la mort(1975)で、シミュラークルの展開を、(1)ルネサンスから産業革命までの「模造」(オリジナルの価値に依存するコピー)、(2)産業革命と機械制大工業時代の「生産」(機械によって大量生産されるオリジナルと等価な複製)、(3)生産が差異のコードによって支配される現段階の「シミュレーション」(差異の変調を指示するコードにしたがって生み出されるオリジナル不在の記号)に分類した。近代以降の世界では、(2)はワルター・ベンヤミンが1930年代に提唱した複製技術時代の複製概念であり、(3)が現代的な意味のシミュラークルである。
ボードリヤールはさらに進んで、『シミュラークルとシミュレーション』Simulacres et simulation(1981)では、現実とそのイメージの関係を、(1)現実の忠実な反映としてのイメージ、(2)現実を歪めるイメージ、(3)現実の不在を隠すイメージ、(4)いかなる現実とも無関係なイメージに区別し、(4)をオリジナルとコピーの二項対立を超越した純粋なシミュラークルと呼んでいる。そして、現実と記号の等価性の原則から出発する表象(リプレゼンテーション)とは異なり、もはや客観的現実を必要としないこのシミュラークルの産出過程をシミュレーションと名づけるのである。このような思想の前提には、あらゆる財とサービスが情報メディアのネットワーク上で差異表示記号として機能する現代消費社会では、現実と記号の関係が逆転し、現実世界自体が記号化されてしまったという認識がある。ボードリヤールのシミュレーション論がスーパーリアリズム(ハイパーリアリズム)など現代美術に大きな影響を与えたのはそのためである。
シミュラークルの実例は、コンピュータ・グラフィクスやホログラム(三次元写真)などからディズニーランド型のテーマパークまでじつに多様であり、20世紀末以降は高度消費社会そのものがシミュラークル化しつつある。
[塚原 史]
『ジャン・ボードリヤール著、今村仁司・塚原史訳『象徴交換と死』(1982・筑摩書房)』▽『ジャン・ボードリヤール著、竹原あき子訳『シミュラークルとシミュレーション』(1984・法政大学出版局)』▽『ジャン・ボードリヤール著、塚原史訳『不可能な交換』(2002・紀伊國屋書店)』▽『Hal FosterReturn of the Real(1996, MIT Press, Cambridge)』
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