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シャリー Schally, Andrew V.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シャリー
Schally, Andrew V.

[生]1926.11.30. ウィルノ
ポーランド生まれのアメリカ合衆国の医学者,内分泌学者。フルネーム Andrew Victor Schally。1939年家族とともにイギリスに移住,ロンドン大学で化学を学び,1949年から 3年間ロンドンの国立医学研究所に勤務。その後カナダのマギル大学に入学,1957年生化学で博士号を取得。同 1957年アメリカのベイラー医科大学で助教授に就任,1962年までロジェ・C.L.ギルマンと共同で ACTH (副腎皮質刺激ホルモン) の放出にかかわる物質の分離を目指し,700万頭ものヒツジやブタの脳髄成分を抽出した。1962年ニューオーリンズの在郷軍人病院内分泌研究室長,1967年テュレン大学医学部教授に就任。その後は甲状腺刺激ホルモン放出因子 TRHの分離に傾注し,1969年,ブタから取り出した TRHの同定に成功した。1971年には黄体形成ホルモン放出因子 LHRHを発見。1977年ギルマン,ロザリン・S.ヤローとともにノーベル生理学・医学賞を受賞。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シャリー
しゃりー
Andrew Victor Schally
(1926― )

アメリカの生理学者。ポーランドのビルノ(現在はリトアニアのビリニュス)に生まれる。第二次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)したため、家族とともにイギリスに移住、ロンドン大学で化学を学び、1949年から1952年まで国立医学研究所に勤務した。1952年カナダに渡り、モントリオールのマッギル大学で医学、生化学を学び、1957年博士号を取得した。同年アメリカに移り、ヒューストンのベイラー大学医学部の準教授となった。1962年ニュー・オーリンズの在郷軍人病院内分泌研究室長に就任、1966年にはチューレン大学の教授となった。
 ベイラー大学のギルマンの研究室で副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)放出因子の分離を試みたが失敗、以後ギルマンとは独立に研究を進めた。1969年、ギルマンに先だって甲状腺(せん)刺激ホルモン放出因子(TRF)の単離に成功、1971年には日本人研究者の協力のもとで黄体形成ホルモン放出因子(LH‐RH:Luteinizing hormone-releasing factor)の単離に成功し、それがペプチドで構成されていることを明らかにした。これらの研究には、極微量の分析を行うためにヤローが開発したラジオイムノアッセイ法が用いられた。1977年「脳のペプチドホルモン生産に関する発見」に対してノーベル医学生理学賞を、ギルマンおよびヤローとの同時に受賞した。[編集部]

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