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シュウービーヤ運動 シュウービーヤうんどうShu`ūbīyah

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュウービーヤ運動
シュウービーヤうんどう
Shu`ūbīyah

西アジアにおいてアッバース朝治下に展開されたイラン化運動。8世紀なかばに,ウマイヤ朝を倒して政権についたアッバース朝は,イスラム帝国の支配理念としてイラン君主制の伝統と政治哲学を採用した。その結果,この王朝のもとでは官僚機構が急速に膨張し,イラン人書記階級が政府内に大きな影響力を占めるようになり,9世紀初めより彼らはアラブ的伝統に代ってイスラム社会にイランの伝統的な精神文化を定着させようとして一連の文化運動を展開した。この運動は,神は人々が相互に理解しあうために多くの民族 (シュウーブ) をつくったとするコーランの記述 (49章 13節) を根拠にしたため,シュウービーヤ運動と呼ばれた。

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世界大百科事典 第2版の解説

シュウービーヤうんどう【シュウービーヤ運動 Shu‘ūbīya】

アッバース朝初期の8世紀から9世紀にかけ,アラブと非アラブとの平等を主張したイスラムの文化運動。その担い手は,大部分がイラン系の新改宗者からなるカーティブ(書記)で,彼らはイスラム教徒の平等を説いたコーラン49章13節を拠り所とし,そこに記されたシュウーブ(民族,単数形はシャーブsha‘b)を自らの呼び名とした。彼らはアダブ文学作品の著者でもあり,それを武器としてアラブ文化に対する伝統的イラン文化の優越を主張した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュウービーヤ運動
しゅうーびーやうんどう
al-Shu‘bya

8世紀中ごろからイスラム世界に起こった思想運動で、とくに文学者たちの間で活発であった。アッバース朝第2代カリフ、マンスール(在位754~775)の時代から始まったという。イスラムに帰依したイランの文化人たちは、アラブ人が優越感を抱いて自分たちに臨み、ことに新たに改宗した異民族をマワーリー(付庸民)として、アラブのどの部族かに従属させること、種々の差別待遇をすることを憤っていた。コーラン(49章13節)に、すべてのムスリムが兄弟であり、平等であることを説いて「われら(神)はなんじらをシュウーブとカバーイルとにした」とあるが、このシュウーブを非アラブ(アジャム)の諸部族、カバーイルをアラブの諸部族と解し、かつアラブは最近まで野蛮状態にいた後進の民、自分たちこそ古い文明をもつ民とした。シリア、エジプト、スペインにもこの運動は広がったが、それらの主張にはそれぞれ若干の差があった。[前嶋信次]

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