シュリック(英語表記)Schlick, Moritz

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュリック
Schlick, Moritz

[生]1882.4.14. ベルリン
[没]1936.6.22. ウィーン
ドイツの哲学者。ウィーン学団の創始者。ハイデルベルク,ローザンヌ,ベルリンの各大学で物理学を学び,ベルリン大学では M.プランクの指導を受けた。 1917年以降ロシュトク大学,キール大学,ウィーン大学,スタンフォード大学などの助教授,教授を歴任。その思想的傾向は,E.マッハ,L.ボルツマンの影響を受けるとともに,哲学的には B.ラッセル,L.ウィトゲンシュタインの,倫理学的には功利主義の影響を受け,学団のなかでは右派に位置づけられる。彼が精神異常の学生に暗殺されたのち,学団の主要メンバーであった R.カルナップがアメリカのシカゴ大学に移り,ここにアメリカのプラグマティズムとドイツの論理実証主義とが融合し,いわゆるウィーン=シカゴ学派が誕生した。主著『現代物理学の空間と時間』 Raum und Zeit in der gegenwärtigen Physik (2巻,1919) ,『倫理学の諸問題』 Fragen der Ethik (30) ほか。

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デジタル大辞泉の解説

シュリック(Moritz Schlick)

[1882~1936]ドイツ生まれの哲学者。ウィーン学団の創設者の一人。マッハ主義を受け継いで論理実証主義を唱えた。著「一般認識論」「倫理学考」など。

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百科事典マイペディアの解説

シュリック

ドイツの哲学者。ウィーン学団を代表する一人。マッハの実証主義,ラッセルの論理主義,ウィトゲンシュタインの哲学の影響下に論理実証主義を提唱,とりわけ〈意味の検証理論〉は今日にあっても尊重されている。主著《哲学の転回》(1930年)ほか。
→関連項目ウィーン学団

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世界大百科事典 第2版の解説

シュリック【Moritz Schlick】

1882‐1936
ドイツの哲学者。ベルリン大学でM.プランクの下で物理学を学んだのち,ウィーン大学に移り,カルナップを呼びよせて〈ウィーン学団〉を創設,みずからその中心人物として活躍した。その思想は〈論理実証主義〉と呼ばれ,マッハの実証主義とB.A.W.ラッセルの論理主義をウィトゲンシュタインの哲学の下で結合したものである。倫理学においては功利主義をとなえたが,今日のわれわれにとって重要なのは,彼が初めて,命題の意味とはその検証方法であるという〈意味の検証理論〉を明確に打ち出したことである。

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大辞林 第三版の解説

シュリック【Moritz Schlick】

1882~1936) オーストリアの哲学者。ウィーン学団の創設者の一人。ウィーン大学教授。マッハとウィトゲンシュタインの論理実証主義を唱えて意味の検証理論を確立した。著「一般認識論」「倫理学の諸問題」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュリック
しゅりっく
Moritz Schlick
(1882―1936)

ドイツの哲学者。ベルリン生まれ。ベルリン大学で、マックス・プランクの弟子として物理学の論文で学位をとった。キール大学などいくつかの大学で教えたのち、1922年からウィーン大学教授となる。その間にアメリカの大学に教えに行ったこともある。彼同様に自然科学の素養があったノイラート、カルナップ、ワイスマンFriedrich Waismann(1896―1959)、ゲーデルなどとともに、検証可能な命題だけを基礎に哲学を再編成しようとするウィーン学団を結成し、宣言を発表し、国際会議を開き、機関誌を発行するなど、この学団の活動の中心人物であった。ノイラートやカルナップの極端な物理主義とは異なり、精神現象について述べる言語の独立性を説き、ウィーン学団のなかでは右派といわれる。1936年、彼は精神に障害をもっていた学生に暗殺された。まもなく学団のメンバーはナチスの弾圧を避けて諸外国に亡命し、論理実証主義の内部崩壊が始まりかけたので、彼はこの主義と興亡をともにしたシンボルのようにいわれることがある。主著に『一般認識論』(1918)、『倫理学考』(1930)などがある。[吉田夏彦]

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世界大百科事典内のシュリックの言及

【論理実証主義】より

…この講座を中心としてウィーン大学において,近代自然科学に接近した経験主義的な哲学傾向がしだいに醸成された。このような状況の中で,1922年シュリックがこの講座を引き継いだ。当時シュリックのもとに多くの若い哲学者,物理学者,数学者,社会科学者などが集まり,私的な会合が続けられていたが,28年,このメンバーが中心となって〈マッハ協会〉を設立し,ウィーン学団が結成され,その公的な哲学運動が始まる。…

※「シュリック」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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