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シンド Sind

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世界大百科事典 第2版の解説

シンド【Sind】

パキスタン南東部の州。面積約14万km2,人口2168万(1985)。州都はカラチシンドの名はシンドゥ(インダス川サンスクリットによる古名で〈大洋,川〉の意)に由来する。地形的には,西部のキルタール山脈とその東麓の複合扇状地帯,中部のインダス川下流域の沖積平野,東部のタール砂漠西縁部の三つの南北ベルト分かれる。インダス川は西部山地の走向に規定されてS字形に貫流し,河口部はカッチ湿地に接続する湿地帯をなす。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シンド
しんど
Sindh

インド亜大陸西部、インダス川下流域の地方名。地名の語源はサンスクリット語の「川」sindhuで、インダス川に由来する。「インダス」は英語訛(なま)り。先史時代のインダス文明の中心地の一つで、モヘンジョ・ダーロ遺跡がある。紀元前1000年ごろからアーリア人が北方から移住し、ヒンドゥー教をもたらした。前6~前4世紀にイランのアケメネス朝の属領となり、前4~前3世紀のマウリヤ朝下に仏教が伝わった。前3~前1世紀にギリシア系バクトリア、イラン系サカ、パルティアの支配後、後1~3世紀にクシャン朝がアラビア海岸まで版図を広げた。3~4世紀にイランのササン朝、インド亜大陸北部のグプタ朝、5世紀に在地のラーイー朝が創始され、さらに6世紀にヒンドゥー教の祭祀(さいし)階層であるブラーフマンの支配にかわったが、仏教は南部に存続した。
 8世紀初めにウマイヤ朝アラブ軍が、インド亜大陸最初のムスリム(イスラム教徒)政権を樹立、以後イスラムが広がった。11世紀から16世紀末にムガル朝支配下に入るまで、スームラ、サンマー、アルグーン、タルカーンなどの政権が続いた。18世紀にムガル朝の衰退でカローラ人の支配が強まり、さらに1783年にバルーチ系タールプル人の政権が独立したが、1843年にイギリスに倒され、ボンベイ州に併合された。シンディー人の自治要求で1937年にシンド州が成立し、47年のパキスタン独立後は60年まで州都カラチに首都が置かれ、政治・経済の中心地となった。[浜口恒夫]

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世界大百科事典内のシンドの言及

【パキスタン】より

…この時点でパキスタン・イスラム共和国となったが,62年3月~64年1月の間は〈パキスタン共和国〉と称した。 〈パキスタンPAKISTAN〉とはウルドゥー語で〈清浄な国〉を意味すると同時に,パンジャーブ州のP,北西辺境州(アフガン州)のA,カシミールのK,シンド州のS,バルーチスターン州の末尾のTANを結合したものである。独立当時は東西に1800kmも離れた〈飛び地国家〉で,面積では〈西〉が85%,人口では〈東〉が55%を占めた。…

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