コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ジュネーブ軍縮委員会 ジュネーブぐんしゅくいいんかい

百科事典マイペディアの解説

ジュネーブ軍縮委員会【ジュネーブぐんしゅくいいんかい】

1958年東西陣営各5ヵ国で構成された10ヵ国軍縮委員会の後身。同委員会が決裂後,1961年の国際連合総会決定に基づき,1962年中立8ヵ国を加えて18ヵ国軍縮委員会が発足,1969年日本など8ヵ国が新たに加わった。1978年の国連軍縮特別総会決定に基づき,新たに軍縮委員会として再発足,核保有国5ヵ国を含む40ヵ国が参加している。1984年軍縮会議と改称。国連の枠外の機関で,核実験停止,全面軍縮などの討議を続けている。→国連軍縮委員会
→関連項目石井菊次郎核拡散防止条約セシル反戦運動包括的核実験禁止条約

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ジュネーブぐんしゅくいいんかい【ジュネーブ軍縮委員会】

第2次世界大戦後,軍縮交渉は国連の場でなされたが,この問題が米ソのヘゲモニー確立の好材料と化したため,国連の機構外に東西交渉の場を設けようという動きが生じ,1958年9月,米英仏ソの四大国の合意により,東西両陣営それぞれ5ヵ国(アメリカ,フランス,イギリス,カナダ,イタリア,ソ連,ポーランドチェコスロバキアルーマニアブルガリア)からなる〈10ヵ国軍縮委員会〉が発足し,60年3月から,ジュネーブにおいて審議を開始した。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のジュネーブ軍縮委員会の言及

【国連軍縮委員会】より

…58年以来,この委員会のメンバーは国連の全加盟国に拡大されたため,実質的な討議はジュネーブの軍縮委員会にゆだね,永らく休眠状態にあったが,78年の軍縮特別総会の決議により,国連軍縮委員会を国連総会の補助機関として再発足することになった。第2は,ジュネーブ軍縮委員会である。1959年以来,国連の軍縮交渉は主としてジュネーブ軍縮委員会で進められてきた。…

※「ジュネーブ軍縮委員会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

キラウエア火山

ハワイ諸島の南東端、同諸島中最大のハワイ島南東部を占める玄武岩質の活火山。標高1222メートル。島の中央部にあるマウナ・ロア山、マウナ・ケア山と同様に、傾斜が平均6~7度の緩やかな楯状(たてじょう)火...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android