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ジュネ Genêt, Edmond-Charles

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジュネ
Genêt, Edmond-Charles

[生]1763.1.8. ベルサイユ
[没]1834.7.14. ニューヨーク
フランスの外交官。フランス革命中の 1793年3月特別使節としてアメリカに赴任。アメリカを対イギリス戦争に引入れようと画策した。当時のアメリカの党派リパブリカンズ (共和派) から熱烈な歓迎を受け,これをきっかけとして東海岸の各地に親フランス的な「民主協会」が数多く誕生した。しかしアメリカ政府は中立宣言を発し,ジュネがフランス民有船を武装させるに及んで,国務長官 T.ジェファーソンはジュネの国外退去をフランス政府に要請した。

ジュネ
Genet, Jean

[生]1910.12.19. パリ
[没]1986.4.15. パリ
フランスの小説家,劇作家。早くから貧民救済施設に預けられ,少年院を転々としながら成長,その後も刑務所入りを繰返し,無頼と放蕩の生活をおくった。 1942年頃から,そのアウトローとしての経験を主題とする大胆な小説を書きはじめ,秘密出版して一部の高い評価を受けた。 48年サルトルら多数の作家の嘆願によって流刑を免れた。華麗なイメージと雄弁な抒情に満ちたその作品は,悪をあがめ,悪を美の根源とする絶対的背徳の世界である。『花のノートルダム』 Notre-Dame des Fleurs (1944) ,『薔薇の奇跡』 Miracle de la rose (45~46) ,『泥棒日記』 Journal du voleur (49) などの小説のほかに,人間の仮面と本性の奇妙なもつれ合いを追求する戯曲『女中たち』 Les Bonnes (46) ,『黒んぼたち』 Les Nègres (58) などがある。サルトルによるジュネ論『聖ジュネ,演技者にして殉教者』 Saint Genet,comédien et martyr (52) は彼の名を高めた。

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百科事典マイペディアの解説

ジュネ

フランスの作家。私生児として生まれ,少年時代から乞食(こじき),泥棒,男娼(だんしょう)などをして各地を放浪し,刑務所を転々とする。在獄中の1942年に書いた詩《死刑囚》でコクトーに認められ,犯罪者と男色家の世界を〈聖なる悪〉として描いた小説《花のノートル・ダム》(1944年),《薔薇の奇跡》(1946年)は〈泥棒作家〉ジュネの名を確立する。
→関連項目堀口大学

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世界大百科事典 第2版の解説

ジュネ【Jean Genet】

1910‐86
フランスの作家。娼婦の私生児としてパリに生まれ,中央山塊モルバン地方に里子に出されていた少年期に,窃盗の罪で感化院送りとなり,以後,窃盗や男色家相手の売春を続けながら,放浪と投獄の生活を送る。1942年,フレーヌ刑務所に服役中に書いた詩編《死刑囚Le condamné à mort》を出獄後パリで発表,J.コクトーの認めるところとなる。処女小説《花のノートル・ダム》(1944),第2作《薔薇の奇跡》(1946)は,共に犯罪者と男色家の世界を描くが,作者の想像力の異形性と汚辱と悪を美と聖性へと変容させるそのなまなましくも豪奢な散文によって,秘密出版とはいえ,一躍〈泥棒作家〉ジュネの名をパリの前衛文壇に知らしめた。

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大辞林 第三版の解説

ジュネ【Jean Genet】

1910~1986) フランスの詩人。パリに私生児として生まれ、流浪・投獄を経験。男色と犯罪の世界で、汚れが聖なるものに逆転するさまを鮮やかに描いた。「花のノートルダム」「薔薇の奇跡」「泥棒日記」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジュネ
じゅね
Jean Genet
(1910―1986)

フランスの小説家、劇作家、詩人。パリの公立産院で誕生。ガブリエル・ジュネという名の母親は赤ん坊を置き去りにして逃走。父親は名も素姓も不明。孤児として貧民救済施設で成長。7歳からフランス中央山岳地帯の農家に引き取られるが、16歳のとき盗みと傷害事件で感化院に送られる。3年後に脱走してスペイン、イタリア、ポーランド、ドイツなどを放浪し、乞食(こじき)、かっぱらい、男娼(だんしょう)、密輸の手伝いなどでその日暮らしを続け、やがてフランスに舞い戻り、盗みの現行犯でたびたび逮捕されてフランス各地の刑務所に服役しながら、詩編『死刑囚』(1942)、小説『花のノートル・ダム』の断章(1944)を書いて秘密出版した。これを読んだコクトーやサルトルが大統領あての請願運動をした結果、1948年出獄を許され、以後、作家生活に入った。小説『薔薇(ばら)の奇蹟(きせき)』(1946)、『ブレストの乱暴者』(1947)、『葬儀』(1947)や戯曲『死刑囚監視』(1947)、『女中たち』(1947)、バレエ台本『アダム・ミロワール』(1948)、自伝的小説『泥棒日記』(1949)を続けざまに発表し、汚辱と栄光、生と死、悪と聖性の華麗な価値転換を多彩な言語表現によって展開した。サルトルの評論『聖ジュネ』(1952)が刊行されるとジュネの名声はひときわ高くなったが、サルトルの精細を極めた分析によって「生きて埋葬され」たような打撃を受け、小説の執筆は停止し、『ジャコメッティのアトリエ』(1957)、『綱渡り芸人』(1958)などの芸術論を書きつつ劇作に没頭して、『バルコニー』(1956)、『黒んぼたち』(1958)、『屏風(びょうぶ)』(1961)の問題作を公表。多数の登場人物、頻繁な場面転換に色彩、身ぶり、歌、舞踊、仮面を配して、異様な迫真性に満ちた不条理の反演劇を創造した。『演出者ブランへの手紙』(1966)は独自の演劇論で、映画シナリオ『マドモワゼル』(映画化1966)と『全詩集』(1948)がある。晩年はアメリカ黒人運動やパレスチナ問題についての意見など政治・社会的な発言が多かった。[曽根元吉]
『『ジャン・ジュネ全集』全4巻(1968・新潮社) ▽一羽昌子訳『アダム・ミロワール』(1977・コーベブックス) ▽サルトル著、白井浩司・平井啓之訳『聖ジュネ』(1966・人文書院)』

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367日誕生日大事典の解説

ジュネ

生年月日:1878年1月6日
デンマーク生まれのイギリスのバレリーナ
1970年没

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世界大百科事典内のジュネの言及

【フランス演劇】より

…なお,16世紀後半の宗教戦争の激化の中で,絶対王権への共同幻想を結晶させる役割を果たすのはイタリア起源の〈宮廷バレエ〉であり(1581年の《王妃の演劇的バレエ》に始まる),それはのちにルイ14世によるベルサイユ宮における《魔法の島の楽しみLes plaisirs de l’ile enchantée》(1664)を頂点とする,古代神話の衣装をまとった絶対王権顕揚の世俗的大祝典劇を生む。キリスト教の典礼や物語にのっとった宗教劇は,バロック時代の劇作や,J.deロトルー《聖ジュネスト》,コルネイユ《ポリュクト》あるいはラシーヌ晩年の2悲劇の例はあるものの,以後は19世紀末のP.クローデルの出現まで姿を消す。 中世ゴシック都市における大聖史劇上演には,同時代の他の舞台表現,すなわち〈阿呆劇(ソティsottie,sotie)〉〈教訓劇(道徳劇)moralité〉〈笑劇farce〉などもプログラムに組み込まれることが多かった。…

※「ジュネ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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