精選版 日本国語大辞典 「ジュネ」の意味・読み・例文・類語
ジュネ
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フランスの小説家、劇作家、詩人。パリの公立産院で誕生。ガブリエル・ジュネという名の母親は赤ん坊を置き去りにして逃走。父親は名も素姓も不明。孤児として貧民救済施設で成長。7歳からフランス中央山岳地帯の農家に引き取られるが、16歳のとき盗みと傷害事件で感化院に送られる。3年後に脱走してスペイン、イタリア、ポーランド、ドイツなどを放浪し、乞食(こじき)、かっぱらい、男娼(だんしょう)、密輸の手伝いなどでその日暮らしを続け、やがてフランスに舞い戻り、盗みの現行犯でたびたび逮捕されてフランス各地の刑務所に服役しながら、詩編『死刑囚』(1942)、小説『花のノートル・ダム』の断章(1944)を書いて秘密出版した。これを読んだコクトーやサルトルが大統領あての請願運動をした結果、1948年出獄を許され、以後、作家生活に入った。小説『薔薇(ばら)の奇蹟(きせき)』(1946)、『ブレストの乱暴者』(1947)、『葬儀』(1947)や戯曲『死刑囚監視』(1947)、『女中たち』(1947)、バレエ台本『アダム・ミロワール』(1948)、自伝的小説『泥棒日記』(1949)を続けざまに発表し、汚辱と栄光、生と死、悪と聖性の華麗な価値転換を多彩な言語表現によって展開した。サルトルの評論『聖ジュネ』(1952)が刊行されるとジュネの名声はひときわ高くなったが、サルトルの精細を極めた分析によって「生きて埋葬され」たような打撃を受け、小説の執筆は停止し、『ジャコメッティのアトリエ』(1957)、『綱渡り芸人』(1958)などの芸術論を書きつつ劇作に没頭して、『バルコニー』(1956)、『黒んぼたち』(1958)、『屏風(びょうぶ)』(1961)の問題作を公表。多数の登場人物、頻繁な場面転換に色彩、身ぶり、歌、舞踊、仮面を配して、異様な迫真性に満ちた不条理の反演劇を創造した。『演出者ブランへの手紙』(1966)は独自の演劇論で、映画シナリオ『マドモワゼル』(映画化1966)と『全詩集』(1948)がある。晩年はアメリカ黒人運動やパレスチナ問題についての意見など政治・社会的な発言が多かった。
[曽根元吉]
『『ジャン・ジュネ全集』全4巻(1968・新潮社)』▽『一羽昌子訳『アダム・ミロワール』(1977・コーベブックス)』▽『サルトル著、白井浩司・平井啓之訳『聖ジュネ』(1966・人文書院)』
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…なお,16世紀後半の宗教戦争の激化の中で,絶対王権への共同幻想を結晶させる役割を果たすのはイタリア起源の〈宮廷バレエ〉であり(1581年の《王妃の演劇的バレエ》に始まる),それはのちにルイ14世によるベルサイユ宮における《魔法の島の楽しみLes plaisirs de l’ile enchantée》(1664)を頂点とする,古代神話の衣装をまとった絶対王権顕揚の世俗的大祝典劇を生む。キリスト教の典礼や物語にのっとった宗教劇は,バロック時代の劇作や,J.deロトルー《聖ジュネスト》,コルネイユ《ポリュクト》あるいはラシーヌ晩年の2悲劇の例はあるものの,以後は19世紀末のP.クローデルの出現まで姿を消す。 中世ゴシック都市における大聖史劇上演には,同時代の他の舞台表現,すなわち〈阿呆劇(ソティsottie,sotie)〉〈教訓劇(道徳劇)moralité〉〈笑劇farce〉などもプログラムに組み込まれることが多かった。…
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