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堀口大学 ほりぐち だいがく

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美術人名辞典の解説

堀口大学

詩人・翻訳家。九万一の長男。東京生。吉井勇の短歌に触れ〈新詩社〉に入り『三田文学』『スバル』に短歌・小品を発表するが、明治44年から父と共に海外で生活をする。大正6年帰国し、訳詩集『昨日の花』、処女詩集『月光とピエロ』、処女歌集『パンの笛』を出版。雑誌『パンテオン』『オルフェオン』を編集し後進を育て、フランスの新文学も精力的に紹介した。昭和56年(1981)歿、89才。

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デジタル大辞泉の解説

ほりぐち‐だいがく【堀口大学】

[1892~1981]詩人・フランス文学者。東京の生まれ。大正期の象徴詩に知性と官能美を加え、フランス近代詩の翻訳も多い。文化勲章受章。詩集「月光とピエロ」「砂の枕」「人間の歌」、訳詩集「月下の一群」など。

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百科事典マイペディアの解説

堀口大学【ほりぐちだいがく】

詩人,翻訳家。東京生れ。慶応義塾中退。新詩社に入り作歌したが,詩作に転じて《月光とピエロ》《砂の枕》《人間の歌》など多くの詩集を出した。また翻訳の仕事では,フランス近代詩を紹介した《月下の一群》(1925年)は日本近代の代表的な名訳詩集。
→関連項目三田派モラン

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

堀口大学 ほりぐち-だいがく

1892-1981 大正-昭和時代の詩人,翻訳家。
明治25年1月8日生まれ。堀口九万一(くまいち)の長男。明治末から青年期の十数年を外交官の父とともに海外ですごす。フランス文学に関心をふかめ,訳詩集「月下の一群」や詩集「月光とピエロ」などで昭和の詩壇におおきな影響をあたえた。芸術院会員。昭和54年文化勲章。昭和56年3月15日死去。89歳。東京出身。慶応義塾中退。著作に詩集「砂の枕(まくら)」,歌集「パンの笛」など。
【格言など】シャボン玉の中へは 庭は這入(はいれ)ません まはりをくるくる廻ってゐます(「月下の一群」)

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世界大百科事典 第2版の解説

ほりぐちだいがく【堀口大学】

1892‐1981(明治25‐昭和56)
詩人,翻訳家。東京に生まれ,新潟県に育つ。中学卒業と同時に上京,与謝野寛・晶子の新詩社に入って,短歌・詩を作る。慶応義塾大学を中退して,外交官の父九万一(くまいち)の任地メキシコに赴き,以後父に従って南アメリカヨーロッパの各地を転住,1925年に帰国するまで,途中2度の滞日期間を除き,青年期の十数年間を海外で過ごした。その間,訳詩集《昨日の花》(1918)を手始めに,詩集《月光とピエロ》(1919),《新しき小径》(1922),歌集《パンの笛》(1919)などを次々と刊行,帰国後の25年に出版された《月下の一群》は日本の代表的な名訳詩集の1冊である。

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大辞林 第三版の解説

ほりぐちだいがく【堀口大学】

1892~1981) 詩人。東京生まれ。慶大中退。詩作とともにフランス文学の訳業により大正中期から昭和初期の文壇に新風を吹き込んだ。詩集「月光とピエロ」「砂の枕」、訳詩集「月下の一群」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

堀口大学
ほりぐちだいがく

[生]1892.1.8. 東京
[没]1981.3.15. 神奈川,葉山
詩人,翻訳家。 1911年慶應義塾大学文学科を中退し,外交官の父に従いメキシコ,ブラジルベルギースペインなどで十数年の海外生活をおくり 25年帰国。フランス語に精通し,訳詩集『月下の一群』の 340編が新鮮な響きを伝えて熱狂的に迎えられた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

堀口大学
ほりぐちだいがく
(1892―1981)

詩人、仏文学者。明治25年1月8日東京・本郷に生まれる。慶応義塾大学中退。17歳のおり、吉井勇(よしいいさむ)の短歌「夏のおもひで」に魅了され、新詩社の歌人として出発する。以後、70余年に及ぶ仕事は短歌、詩、評論、エッセイ、随筆、研究、翻訳と多方面に及び、刊行された著訳書は300点を超える。19歳の夏(1911)、外交官だった父の任地先メキシコに出かけたのを皮切りに、ベルギー、スペイン、ブラジル、ルーマニアと、青春時代の大部分を海外で過ごす。その間に仏文学に親しみ、レミ・ド・グールモン以後の新しい詩精神を身につける。『月光とピエロ』(1919)から『砂の枕(まくら)』(1926)に至る詩集は、硬軟新古のあらゆるスタイルを駆使した自由な日本語で書かれ、訳詩集『月下の一群』(1925)とともに昭和詩に大きな影響を与えた。「泣笑ひしてわがピエロ/秋ぢゃ! 秋ぢゃ! と歌ふなり。//O(オー)の形の口をして/秋ぢゃ! 秋ぢゃ! と歌ふなり」(秋のピエロ)。
 大学の詩を特徴づけるものは知性、機知、諧謔(かいぎゃく)、エロティスムといったいっさいの人間的な要素であるが、温かい人間性を基盤とするその詩集は、第5詩集『人間の歌』(1947)において一つの頂点を極めた。晩年になっても詩想は枯れず、『夕の虹(にじ)』(1957)、『月かげの虹』(1971)、『沖に立つ虹』(1974)などの詩集において短詩の妙を発揮した。訳詩家、翻訳家としても優れた業績を残し、『月下の一群』は『詩と詩論』以後の現代詩の源泉となり、ポール・モラン『夜ひらく』の訳書(1924)は横光利一(よこみつりいち)や川端康成(かわばたやすなり)の新感覚派運動の母胎となった。1957年(昭和32)芸術院会員となり、79年文化勲章を受章。昭和56年3月15日没。[窪田般彌]
『『堀口大学全集』8巻・補巻3(1981~87・小沢書店) ▽『堀口大学詩集』『堀口大学訳詩集』(1980・思潮社)』

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世界大百科事典内の堀口大学の言及

【月下の一群】より

堀口大学の訳詩集。1925年(大正14)第一書房刊。…

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