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ジラルドン ジラルドンGirardon, François

4件 の用語解説(ジラルドンの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジラルドン
ジラルドン
Girardon, François

[生]1628.3.17. 〈洗礼〉トロワ
[没]1715.9.1. パリ
フランスの彫刻家。マキシエール,F.アンギエに師事。宰相セギエに見出され,その保護を得てイタリア留学。 1650年頃帰国し,ルイ 14世の宮廷彫刻家となり,ル・ブランを助けてベルサイユをはじめフォンテンブロー,チュイルリーなどの宮殿の装飾に従事した。

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百科事典マイペディアの解説

ジラルドン

フランス,ルイ14世時代の宮廷彫刻家。トロワ生れ。ローマに長く滞在してベルニーニの影響を受け,1650年ころ帰国。宮廷ではシャルル・ル・ブランの下で,ベルサイユ宮殿の装飾に携わり,バロック様式の優美典雅な作品を残した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ジラルドン【François Girardon】

1628‐1715
フランスの彫刻家。トロア生まれる。マクシエールLaurent MaxièreとアンギエMichel Anguierについて学ぶ。時の大法官セギエの庇護を受け,1652年までローマに留学。帰国後,ルイ14世に愛され,57年にアカデミーの会員。C.ル・ブラン指揮下のベルサイユ宮殿の造営に加わり,庭園の主要彫刻を制作。古典主義的作風を示す。古代神話に主題を求めた作品にはヘレニズム期の彫刻や画家N.プッサンの影響がみられる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジラルドン
じらるどん
Franois Girardon
(1628―1715)

フランスの彫刻家。トロワに生まれる。若くしてセギエ枢機卿(すうききょう)の庇護(ひご)を受けてローマに留学し、帰国後認められてルブランの下でベルサイユ宮殿の各種の装飾に従事する。『ニンフにかしずかれるアポロン』(1666~75)、『プロセルピーナの略奪』(1694~99)などの群像彫刻は、ベルサイユの庭園を飾る彼の代表作である。ルイ14世、コルベール、ルブラン時代のベルサイユ古典主義のもっとも忠実な実践者であったジラルドンの作品は、ヘレニズム彫刻の模倣であり、また彼のアポロンは「ベルベデーレのアポロン」の引き写しである。肖像彫刻や墓碑も数多く制作した。その代表作にソルボンヌ大学聖堂の枢機卿リシュリューの墓がある。パリに没。[中山公男]

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世界大百科事典内のジラルドンの言及

【バロック美術】より

…これらはいずれも,最初はイタリア人およびその様式が支配的であったが,しだいにフォンテンブロー派以来のフランス的優美さと洗練に向かい,18世紀に入るとともにロカイユに移行する。ベルサイユ宮殿の庭園を飾ったのは,フランス・アカデミズムのもっとも典型的な彫刻家ジラルドンである。彼の作品にはヘレニズム期の作品と共通する宮廷的優美さがあり,その作風は,カトリック的激情を表現するピュジェをおいて,フランスの彫刻の主流となった。…

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