現代の経済理論はミクロ経済学(微視的経済分析)とマクロ経済学(巨視的経済分析)に大別される。ミクロ経済学は,消費者や企業という経済活動の意思決定主体の行動の分析からはじめて,社会の経済活動の営まれるメカニズムを分析する経済学の分野である。それに対しマクロ経済学は,国民経済を巨視的にとらえて,国民総生産,雇用量,失業率,インフレ率,物価水準等のマクロ量が決定されるメカニズムを分析する。経済学はそれが科学としての体裁を整えるようになってから起算して200年に余る歴史をもつが,比較的最近まではミクロ経済学がその中心であった。マクロ経済学はミクロ経済学に比べると歴史が浅く,体系づけられた理論として成立したのは,1936年に出版されたJ.M.ケインズの《雇用・利子および貨幣の一般理論》においてである。
《一般理論》は1920年代のイギリス経済および30年代の大恐慌期の世界経済における大量の失業発生を背景に書かれた。当時の正統派経済学であった新古典派経済学は,価格調整を通して労働は完全に雇用されるとの見方に立っていたため,失業を説明する余地をもたず,その当然の結果として,有効な失業解消策を打ち出す力をもたなかった。ケインズは新古典派理論に対する痛烈な批判の書として《一般理論》を書き,経済をマクロ的にとらえて国民所得・失業量等の決定メカニズムを分析し,失業解消のための総需要管理政策に理論的基礎を与えた。その理論の基本となるのは,労働雇用量が生産物に対する総需要の大きさによって決定されるという〈有効需要の原理〉である。総需要は消費・投資・政府支出から構成されるが,消費と国民所得の間には,前者が後者に依存し,その増大とともに増加するというマクロ関係があるから,結局,国民所得の大きさは投資と政府支出の大きさにより決定されるというのが,この理論の骨子である。また,これに貨幣需給均衡による利子率決定機構を加え,国民所得・利子率の同時決定を説明する理論をIS・LM分析という。
その後,マクロ経済学は大別して二つの方向で発展してきた。一つはマクロ動学の展開である。ケインズ理論は,生産設備・生産技術の与えられている短期に国民所得がどのレベルに落ち着くかを分析する短期静学として提示された。それはそのままでは変化しつづける状態の分析には適用できないから,《一般理論》の出版以後,その分析の枠組みを変動そのものを分析できるように拡張する試みが数多くなされ,その結果,景気変動,経済成長などの現象を分析する領域がマクロ経済学の中に形成された。それがマクロ動学である。それと同時に,統計資料にもとづいてマクロ動学モデルを計量化したマクロ計量経済モデルが作成され,景気予測などに使われるようになった。
いま一つは,短期静学理論としてのマクロ経済学の内容そのものの発展である。ケインズの理論は,とくに賃金・物価の扱いが簡単に過ぎ,それ以後に経験された失業とインフレーションの複雑な関係を適切に説明できないという難点をもっていたので,60年代ころから,この問題に関連して多くの理論的・実証的研究がなされ,その結果,マクロ経済学の内容は大きく拡充された。なおその過程においては,総需要管理政策の有効性をめぐって,ケインジアン・マネタリスト論争(〈マネタリズム〉の項参照),合理的期待論争(〈合理的期待形成仮説〉の項参照),サプライサイド経済学等の形で,熾烈(しれつ)な論議がたたかわされてきている。
執筆者:小泉 進
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国や特定経済圏といった巨視的(マクロ)視点から、政府、企業、家計という経済主体の動きを明らかにし、貧困や失業を減らし、人々が豊かに暮らしていくための解決策を考察する学問。国内総生産(GDP)、所得、投資、貯蓄、消費、通貨供給量、利子率、物価、失業率、為替(かわせ)相場、国際収支などを変数にとって最適な経済モデルを設定し、分析・実証する手法をとる。経済学で、個々の人々や個別企業の微視的(ミクロ)動きから分析するミクロ経済学と並ぶ大きな柱となっている。
古典派経済学では、供給が自ら需要を生み出して市場は均衡し、完全雇用が実現されるというセーの法則が信じられていた。しかし世界恐慌後、イギリスの経済学者、J・M・ケインズは1936年に『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表。市場に任せただけでは失業が発生し、政府による適切な市場介入(財政支出と減税)で有効需要を創出する必要があると訴えた。このケインズ革命以降、1970年代までケインズ経済学がマクロ経済学の主流をなし、各国の経済・財政政策に大きな影響を与えた。
だが石油危機を経て、ケインズ経済学に基づく総需要管理政策に疑問が呈される。1970年代にアメリカ人経済学者R・E・ルーカスは裁量的な財政・金融政策は家計や企業の合理的予想(期待)で相殺されて無効となるという合理的期待形成仮説を発表。アメリカ人経済学者のE・C・プレスコットらの研究「Rules Rather than Discretion:The Inconsistency of Optimal Plans」(裁量よりもルール――最適計画の非適合性)も加わり、新しい古典派New classical economicsがマクロ経済学の主流となった。その後、市場の失敗が起こる要因(情報の非対称性、賃金や物価の硬直性など)を重視し、これを是正するマクロ政策を再構築しようとするニュー・ケインジアン経済学new Keynesian ecomonicsが台頭、アメリカのオバマ政権などに大きな影響を及ぼしている。
[編集部]
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(荒川章義 九州大学助教授 / 2007年)
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…主としてその分析対象によって数多くの分野に分類される。まず経済理論はミクロ経済学とマクロ経済学に分けられる。ミクロ経済学は,経済を構成する個別的な経済主体,つまり個人,企業がどのような経済行動を選択するかという問題を分析したり,個別的な産業について,生産技術,生産規模がどのようにして決定されるかということを論じ,さまざまな財貨・サービスの相対価格を分析する。…
… 一国全体での生産水準がいかに決定されるかを分析するために,ケインズは経済全体での財・サービスの需要・供給を考えた。経済全体の集計量(たとえばパンに対する需要といった個々の財に対する需要ではなく,総消費量といったように)を問題にするという意味で,ケインズ経済学は今日マクロ(巨視的)経済学とよばれる。
[有効需要の原理]
総需要,総消費等マクロ的集計量に注意を集中したケインズの総生産(所得)決定理論は,単純明快なものである。…
※「マクロ経済学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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