元来は,音楽の拍,拍子,小節などを指す言葉。ラテン語による15~16世紀の音楽理論書では,時間的秩序の基本単位としてタクトゥスtactusという概念が用いられ,タクトの語源となった。今日〈タクトをとる〉といえば,拍や拍子を明示することで,音楽を指揮することと同義的な言い回しにも用いられる。また日本では,その際に用いる指揮棒(タクトシュトックTaktstock,バトンbâton)のこともタクトということがある。
多人数での演奏(合唱や合奏)の際,リーダーの動作や指示をはっきり見せようとして,棒などを利用することは古くからあったろう。しかし欧米芸術音楽において,指揮棒が特に意識され始めたのは19世紀以降,近代的指揮者の登場と進出にともなってである。大編成での演奏の際や,楽曲の組立てが複雑で音を合わせにくい場合など,棒の使用が有利といえよう。しかし棒を持たずに,腕や手の動きを中心とする動作で指揮する例も決してまれではない。柔らかさ,暖かみ,指先の表情などの点では,棒なしの方がすぐれているという意見も根強い。棒の規格などは特にないが,細く軽く,単純簡素に作られているものが多い。ちなみにマーチング・バンドの一員で,パレードなどの事実上のリーダーを務める鼓手長(ドラム・メジャーdrum major)は,指揮杖(バトンともいう)としてやや太く,飾り房や金属球をつけたはでなものを用いる。その起源は前述の指揮棒と異なり,おそらくは軍楽の歴史に求められよう。
執筆者:関根 裕
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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