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タリバン Ṭālebān; Taliban; Taleban

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

タリバン
Ṭālebān; Taliban; Taleban

アフガニスタンに興ったイスラム原理主義組織。名は「神学生たち」の意。アフガニスタンの内戦を逃れ,パキスタンの難民キャンプで教育を受けたパシュトゥーン人(→アフガン人)のイスラム神学生を中心に,1994年アフガニスタン南部で活動を開始した。同国南部から西部へと勢力を拡大し,1996年にブルハヌディン・ラバニ大統領率いるムジャーヒディーン(イスラム聖戦士)の政権を駆逐して首都カブールを制圧,国土の大半を実効支配した。女性の通学・就労を禁ずるなど厳格なイスラム法(シャリーア)を支配地域に適用し,2001年には偶像崇拝がイスラムの教えに反するという理由でバーミアーンにある世界的な仏教遺跡バーミアーン石窟を破壊,国際社会の非難を浴びた。2001年9月のアメリカ同時テロ事件後,事件の首謀者と目された国際テロリスト,オサマ・ビン・ラディンを庇護していたとみられ,アメリカ軍とイギリス軍の激しい空爆を受け,タリバン政権は同 2001年12月に崩壊した。その後もタリバンは,指導者ムッラー・ムハンマド・オマルのもと,アヘンの貿易を通じて得た資金などによりアメリカ軍,北大西洋条約機構 NATO軍への抵抗を継続した。2015年,アフガニスタン政府はオマルが 2013年に死亡したことを発表,まもなくタリバンもその事実を認めた。後継の指導者にはムッラー・アフタル・マンスールが立った。(→アフガニスタン史アフガニスタン紛争

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デジタル大辞泉プラスの解説

タリバン

《Taliban》アフガニスタンのスンニ派イスラム過激組織。1994年11月、パキスタンとアフガニスタンの国境付近にあったイスラム神学校の学生を中心に結成。組織名はアラビア語で「神学生」の意。1996年、アフガニスタンで政権を樹立するが、2001年アメリカで発生した同時多発テロの首謀者、オサマ・ビン・ラディンを保護したとしてアメリカから攻撃を受け、政権崩壊。以後、駐留米軍、アフガニスタン政府を標的とするテロを多数実行。2013年、アメリカ政府との和平交渉が始まるも不調、アフガニスタン政府との間での攻防が続いている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

タリバン
たりばん
TalibanTaleban

アフガニスタンの宗教・政治・軍事勢力。Taleban(Taliban)はアラビア語「ターリブ」のペルシア語風複数形で、「アッラー(神)の道を求める者たち」(神学生、求道者)を意味する。
 1970年12月からアフガニスタンに侵攻・駐留していたソ連軍は、アメリカ、パキスタンの支援を受けた反共産主義ゲリラとの戦闘に敗北し、1989年にアフガニスタンから完全撤退した。その後1992年には、反共産主義ゲリラ同士の間で、アフガニスタンの支配権をめぐって武力衝突が始まった。1994年11月、アフガニスタン南部にタリバン勢力が出現し、各地の軍閥の制圧を開始した。タリバンは内戦で疲弊した国土・人心の立て直しを訴えつつ進撃を続け、1996年9月には首都カブールを制圧してイスラム国家樹立を宣言した。1997年9月には、アフガニスタン全土の軍事制圧一歩手前までこぎ着けた。タリバンはイスラム復興主義(原理主義)による世直しを唱え、シャリーア(イスラム法)の厳格な施行を基本政策にしている。彼らはまず、制圧した軍閥などの麻薬(アヘン)栽培・取引を禁じ、違反者を極刑に処した。また、歌舞音曲、テレビ、女性の教育や屋外労働などが禁止された。タリバンの兵力は創設初期の2000人が、1996年末には2万人前後といわれるようになっていた(1998年末で公称4万人以上)。当初、タリバンの財源は諸外国からの経済援助や商人たちからの通商路通過料などであったが、増大する戦費を調達するために草創期の「世直し」の道を外れて「アヘン栽培税」を農民から徴収するようになり、アヘン栽培を奨励していたといわれる。
 タリバンのほとんどはパシュトゥン民族(アフガニスタン最大の民族)で、アフガニスタンに隣接するパキスタンのスンニー派イスラム教神学校(マドラッサ)で宗教教育、軍事訓練を受けたことは公然の秘密である。スンニー派と対立するシーア派の本拠地イランはこのため、タリバンの出現は「アメリカ、サウジアラビア、パキスタンによるイラン包囲網の一環だ」と非難した。中央アジア諸国、ロシアなどもタリバンに対して強い懸念を抱いており、アメリカも麻薬、人権、女子の就労・教育の禁止などを問題視している。
 2001年9月のアメリカ同時多発テロの首謀者とされるオサマ・ビンラディンと国際テロ組織をタリバンが支援したことにより、同年10月アメリカはタリバン政権下のアフガニスタンに報復攻撃を行い、11月タリバン政権は崩壊、反タリバン勢力である北部同盟が首都カブールを制圧した。こうした経緯を踏まえ、国連などの仲介により2001年12月、アフガニスタンに暫定行政機構が発足、2004年1月に新憲法が採択された。しかし、2004年にはすでにタリバンの復興が目だつようになっており、2007年からは「ネオ・タリバン」ともいわれるきわめて戦闘的な勢力が、とくにアフガニスタンからパキスタン西北地域で拡張している。[深町宏樹]

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