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ダライ・ラマ Dalai blama

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世界大百科事典 第2版の解説

ダライ・ラマ【Dalai blama】

1642年にチベットの主権者となったデープン寺住持の歴代転生者に対する俗称。チベットの教化主とされる観音菩薩の化身が転生しているものと民間に信じられている。ツォンカパの開宗したゲルー派仏教が急速に発展して従来の諸派と対立し,それぞれ東西の有力民族と結託して抗争した。ゲルー派の抵抗運動を組織したゲンドゥン・ギャツォの没後,勢力結束の象徴として,反対派の習慣にならってその転生者が選ばれた。この転生活仏ソーナム・ギャツォは1578年青海に赴いてモンゴルアルタン・ハーンと会い,ダライ・ラマの称号を受けた。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のダライ・ラマの言及

【活仏】より

…はじめカルマ,カーギュという2派の法主がこの方法で選出され,宗派意識の高揚に役立ったところから,この2派と対立したゲルク派が16世紀半ばに宗派的結束を図ってデープン寺住職の転生者を選んだ。これがダライ・ラマ転生の初めである。その後,活仏を選んで教法の系統を相続させる方式が普及し,客観的な証拠のないことと遺産相続を伴うところから選定がしばしば歪曲されたので,清朝支配下では金瓶に入れた名票を抽選させる対策がとられたこともあった。…

【タシルンポ寺】より

…中国チベット,ツァン地方シガツェにあり,ゲルー派四大寺の一つ。ツォンカパの弟子で,後代ダライ・ラマ1世とされたゲンドゥン・トゥプパにより1447年に建立され,政権を樹立したダライ・ラマ5世によりパンチェン・ラマ1世の没(1662)後,その転生者が住持するように定められた。三つの仏教哲学研修学堂と一つの密教実践道場があり,20世紀初めころは僧徒3500を擁したといわれる。…

【チベット】より

…結局,西部勢力が軍を動かして東部に圧力を加え,ツォンカパが創始してゲルー派が主催し続けていたラサのムンラム大祭からゲルー派を締め出すなどの実力行使に及んだ。ときに,後年ダライ・ラマ2世に数えられるゲンドゥン・ギャツォ(1475‐1542)が現れてゲルー派の支援勢力を糾合し,対抗措置を講じて1518年にそれらの権益を回復し,ラサ近郊のデープン寺の住職になった。このような争いが終わりきらないうちにこの傑僧が没した。…

【補陀落山】より

…一種の霊地として描写され,仏教圏の各地にこれにちなむ地名が生じた。チベットでは観音の化身とされるダライ・ラマの宮殿がポタラ宮と名づけられた。【定方 晟】。…

【レポン寺】より

…一般にデープン寺という。1622年にダライ・ラマ5世が住持して以来ダライ・ラマ専住の僧院となった。三つの顕教学堂と一つのタントラ道場をもつゲルー派中最大規模の僧院である。…

※「ダライ・ラマ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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