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ティーク Tieck, (Johann) Ludwig

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ティーク
Tieck, (Johann) Ludwig

[生]1773.5.31. ベルリン
[没]1853.4.28. ベルリン
ドイツの小説家,劇作家。ハレ,ゲッティンゲン,エルランゲンの各大学で学ぶ。在学中ワッケンローダーから深い影響を受けた。 1799年よりイェナにおいてシュレーゲル兄弟,C.ブレンターノらと前期ロマン派の運動を展開,ノバーリスとは特に緊密な親交を結ぶ。 1819年ドレスデンにおもむき,シェークスピアの紹介を中心に演劇の仕事に従事。作品には書簡体小説『ウィリアム・ラベル氏の話』 Geschichte des Herrn William Lovell (1795~96) ,童話劇長靴をはいた牡猫』 Der gestiefelte Katerと創作童話『金髪のエックベルト』 Der blonde Eckbertを含む『民衆童話』 Volksmärchen (97) など多数。

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百科事典マイペディアの解説

ティーク

ドイツの作家。シュレーゲル兄弟,シェリングらと交わり,ロマン主義を開花させた。きわめて多作で《金髪のエックベルト》など中世民話に取材した童話,ペローの童話に基づく戯曲《長靴をはいた牡猫》,長編小説や文学研究,《ドン・キホーテ》の翻訳等があり,A.W.シュレーゲルのシェークスピア訳業を援助,完成。

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世界大百科事典 第2版の解説

ティーク【Ludwig Tieck】

1773‐1853
ドイツ初期ロマン派の代表的作家。ロマン派の中ではあらゆる文学ジャンルに熟達した最も多作な作家。ベルリンに生まれ,若くして文筆活動に従事したが,合理主義・啓蒙主義の時代精神と自由な内面的・芸術的精神の相克に苦しむ。大学時代,同郷・同窓の友で夭折した初期ロマン派の詩人ワッケンローダーWilhelm Heinrich Wackenroder(1773‐98)と共にバンベルク,ニュルンベルクに遊び,中世的な雰囲気と中世キリスト教芸術に魅せられる。

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大辞林 第三版の解説

ティーク【Ludwig Tieck】

1773~1853) ドイツの小説家・劇作家。初期ロマン派の中心的作家。代表作、長編小説「フランツ=シュテルンバルトの遍歴」、童話劇「長靴をはいた猫」など。またシュレーゲルのシェークスピア劇翻訳の完成に尽力。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ティーク
てぃーく
Ludwig Tieck
(1773―1853)

ドイツの作家。ベルリンの綱匠の息子として生まれる。いわゆる「前期ロマン派」の巨頭の1人で、ロマン主義文学運動を推進したが、後年には短編の新しいジャンルを開拓した。才気にあふれ、詩に、長・短編小説に、メルヘンに、戯曲に多彩な創作を繰り広げたほか、劇場監督や評論家としても活躍し、シェークスピアのドイツ語訳の業績も残した。
 幼少のころは啓蒙(けいもう)思想の影響下に育ったが、学友ワッケンローダーと南ドイツを旅して中世を再発見し、『芸術を愛する一修道僧の心情吐露』(1797)を共同で著し、またゲーテの『ウィルヘルム・マイスター』に倣って芸術家小説『フランツ・シュテルンバルトの遍歴』(1798)を書いた。このころフリードリヒ・シュレーゲルのロマン主義文学理論に共鳴し、ベルリンとイエナにあってシュレーゲル兄弟、シェリング、ノバーリスら「ロマン派」の会合の要(かなめ)の役割を務め、風刺劇『長靴をはいた牡猫(おすねこ)』(1797)や、いわゆるクンスト・メルヘン(創作童話)の典型とされる『金髪のエクベルト』(1797)などによって名を馳(は)せた。グループの解体後は友人の貴族の所領やドレスデンに住み、『人生のゆとり』(1839)のような市井の日常に取材した短編シリーズや、歴史長編『ビットーリア・アコロンボーナ』(1840)などを発表し、演劇界でも活躍、晩年はプロイセン王の知遇を得てベルリンで余生を送った。
 初期の啓蒙主義の亜流からロマン主義を経て後期の市民的リアリズムまで幅広い作風をみせたが、その機知とイロニー、奔放な空想力が評価される反面、過度の主観主義や深みの欠如を批判する向きもある。日本ではロマン主義期の作品のほかはほとんど顧みられないが、18世紀から19世紀にかけての流動的な文学思潮を体現する文人としての彼の意義は見直されてよい。[信岡資生]
『大畑末吉訳『長靴をはいた牡猫』(岩波文庫)』

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世界大百科事典内のティークの言及

【児童文学】より

…ベヒシュタインL.Bechsteinの《ドイツ童話の本》(1844)がそれにつづく。一方では,L.ティーク,ブレンターノ,F.de la M.フケー,E.T.A.ホフマンが不思議な物語を手がけ,その流れから創作としてぬきんでたW.ハウフの《隊商》(1826)が生まれた。T.シュトルムやA.シュティフターにも子どもに向く作品はあるが,レアンダーR.Leanderの《フランス風暖炉のそばの夢想》(1871)とザッパーA.Sapperの《愛の一家》(1906)が大きな収穫となった。…

【ロマン主義】より

…一方,スコットランドの過去の歴史をよみがえらせ,中世騎士道精神と郷土愛を賞揚するスコットの一連の歴史小説Waverley Novelsは,歴史学と小説に中世賛美の機運を興し,過去の時代の精確な生き生きとした描写を目ざす一種のロマン主義的写実主義とも称すべき傾向を生み,ユゴーの《ノートル・ダム・ド・パリ》やメリメの《シャルル9世年代記》,あるいはミシュレの《フランス史》等に影響を与えた。 ドイツでは,1770年ころからフランスの文化支配を脱し,啓蒙主義に対抗して個人の感性と直観を重視する反体制的な文学運動シュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)が展開されたが,そのほぼ20年後にシュレーゲル兄弟,ティーク,シュライエルマハーらによって提唱されたロマン主義文学理論は,この運動の主張を継承し,フランス古典主義に対抗するものとしてのロマン主義を明確に定義づけ,古代古典文学の再評価とドイツに固有の国民文学の創造を主張した。フィヒテやヘーゲルの観念論哲学と密接な関係をもったドイツ・ロマン主義文学は,自我の内的活動の探究,夢と現実あるいは生と死の境界領域の探索,イリュージョンの形成と自己破壊(アイロニー)などを主題とするきわめて観念論的かつ神秘主義的な色彩を帯び,ノバーリス,J.P.リヒター,ホフマンらの幻想的な作品を生み出した。…

【ロマン派演劇】より

…国民性の重視また中世への回帰的影響から生まれた年代記的な史劇や宗教劇,詩の聖典(カノン)といわれた童話に材をとる童話劇,夢幻劇,また多少迷信的ともいえる宿命を導入した運命悲劇(Z.ウェルナー《二月二十四日》)など,ロマン派演劇には多くのジャンルが生まれたが,舞台的な成功を収めたのは運命悲劇のみであった。実際,風刺劇,ナンセンス劇などは,もともと上演用より作者の知的な立場を示すために書かれており,L.ティークの有名な劇中劇《長靴をはいた猫》なども,後世になってから舞台上演が注目されたものである。また,A.G.vonプラーテンの《不吉なフォーク》(1826)は運命悲劇のパロディとして知られている。…

※「ティーク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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