音声信号その他の情報を磁気テープの上に記録,再生するための装置。
磁性媒体を用いて,録音,再生を行うという考えは,T.A.エジソンが蓄音機を発明した約10年後の1888年に,アメリカのスミスO.Smithが電磁誘導作用により磁性体の帯に音声信号を録音し,またその磁性体から音声信号を再生することができるという着想を発表している。世界で初めての磁気録音再生の実験は,デンマークのポールセンV.Paulsenによって,98年に実施された。磁気テープの代りに鋼線に信号の録音を行った。実用的な録音再生機は1930年代に鋼線や鋼帯を用いる録音機がドイツのテレフンケン社とローレンツ社より発表され,日本にも輸入されNHKでも使用された。35年にはドイツのAEG(アーエーゲー)社がBASF(バスフ)社のプラスチックベースを使った磁気テープを76.2cm/sの速さで走行させ録音,再生するマグネトフォンを商品化した。これが現在のテープレコーダーの原形となっている。その後交流バイアスの研究が日本,ドイツ,アメリカで独自に進められていたが,第2次世界大戦後ドイツの技術がアメリカ,イギリスなどに引き継がれ各国でテープレコーダーが生産されるようになった。日本では50年に現在のソニーが生産を始めた。57年にはアメリカでエンドレスカートリッジが発売され,62年にはオランダのフィリップ社がコンパクトカセットシステムを発表,69年には日本のオリンパス光学工業(株)からマイクロカセットが発売されている。
図1にテープレコーダーの基本構成を示す。マイクロホンに加わった音波は電気信号に変換され,録音アンプで増幅される。録音ヘッドは録音電流を磁気エネルギーに変換し,テープ上の磁性体を磁化し音声信号を記録する。記録されたテープ上の磁気信号は再生ヘッドにより電気信号に変換され,増幅器で増幅され再生出力が得られる。テープの走行路のいちばん手前に消去ヘッドが設けてあり,以前に録音されてある不必要な信号を録音する前に消し去る構成となっている。
磁性体の磁化特性を表した曲線を図2に示す。横軸に磁界の強さH,縦軸に磁束密度Bをとる。磁化されていない磁性体に外部磁界Hを+方向に加えていくと,曲線aに従ってBが増加する。曲線aを初期磁化曲線という。磁界をHmより大きくしてもBは飽和し増加しなくなる。この点を飽和磁束密度Bmという。次にHを減少させるとBは曲線aを戻らずbに従って変化する。H=0のときの磁化を残留磁束密度Brという。次に,-方向の磁界が加わると曲線cをたどってBは減少し,0となる。このときの磁界の大きさHcを抗磁力という。さらに-方向に磁化すると,-Hmの点でBは飽和する。これより-Hm→0→Hmと変化させるとBは曲線e,f,gに従って変化し,一つのループを形成する。この曲線ループをヒステリシスループという。磁気記録は,一度磁界を加えられた磁性体は磁界を取り除いても磁束密度が0に戻らない非可逆性を利用している。録音ヘッドは図3に示すようにテープと接触する部分にギャップと称するスリットを設けた磁性体のコアにコイルを巻いてある。このコイルに録音電流を流すとギャップ部分に録音電流に対応した強い磁界が発生する。ヘッドに接しているテープが移動するとテープの磁性体は信号に応じた磁化の強弱をもつように変化する。テープ上の録音された磁化の1周期の長さを記録波長λといい,次の関係式が成立する。
λ=\(\frac{v}{f}\)
(vはテープ速さ,fは信号周波数)
録音する信号電流のみを録音ヘッドに流した場合の無バイアス録音のテープ上に残る残留磁束の状態を図4に示す。+hの磁界が加わるとテープはbまで磁化されるが,テープが走行してヘッドのギャップから離れると磁界が0となり,テープはbrの残留磁束密度の磁化となる。テープに加わる磁界が小さい場合,初期磁化曲線の湾曲部の残留磁束は非常に小さくなり,テープ上の残留磁束密度の波形はひずみの大きい波形となり,このままではテープレコーダーに用いることはできない。そこでひずみを除く方式として直流バイアス方式,交流バイアス方式が考えられた。(1)直流バイアス方式 図5に直流バイアスの原理を示す。一般に消去ヘッドでテープを-側に飽和するまで磁界を加え,録音ヘッドに直流を流し,f,gの直線部分の中点あたりまで磁界を与える。録音ヘッドに直流電流に重畳して信号電流を加える。この方法ではヒステリシスループの比較的直線部分を用いるためひずみが大幅に改善される。録音ヘッドに流す直流電流をバイアス電流という。しかしこの方法では無信号時でも直流磁化が残るため,テープの走行状態やテープとヘッドの接触状態が変化したり,またテープの磁性層の密度むらや厚みむらにより,この直流磁化が変化して,雑音の原因となる。(2)交流バイアス方式 録音ヘッドのバイアス電流として,信号周波数の4~5倍以上の50~200kHzの高周波電流を流す。図6に示すようにヒステリシスループの+側と-側の両方の直線部分を用いるので,ひずみを打ち消し合って,著しく改善される。また無信号時の場合も,テープが録音ヘッドを通過するときの磁化はバイアス磁界により図7のようにヒステリシスループの内側でループがしだいに小さくなり,0に収れんするので,雑音も著しく改善される。
図8で棒磁石をコイルに近づけたり,離したりすることによりコイルに電流が流れることを電磁誘導作用といい,コイルに発生する電圧,起電力eは次式で表される。
e∝\(\frac{dφ}{dt}\)
起電力は磁束の変化量dφに比例し,変化する時間dtに反比例する。テープレコーダーの場合テープに記録された残留磁束がテープの走行によりヘッドに磁束の変化を与えるため,図9に示すようにヘッドのコアに巻かれたコイルに起電力が生じ,電気信号に変換され再生信号が取り出される。
テープに録音された信号を消去する方法として直流消去と交流消去の2方式がある。消去ヘッドは録音ヘッドや再生ヘッドと異なり強い磁界を作らなければならないため,コイルの巻線が太いものが使用されている。(1)直流消去 テープに直流の強い磁界を与え,飽和磁束密度Bmまで磁化を行うと,磁束φの変化がなくなるため再生ヘッドを通過しても再生出力が得られなくなる。直流磁界は消去ヘッドに直流を加えるか,永久磁石をテープに接触させてもよい。この消去法は紙に書いた字を塗りつぶし見えなくしたと同じ効果である。(2)交流消去 テープの磁性体が飽和するBmを得る交流磁界を消去ヘッドによって発生させる。テープが消去ヘッドのギャップ部分を通過する場合,交流バイアスで述べたようにヒステリシスループはだんだん小さくなり0に収れんしテープ上に磁界が残らなくなる。この交流磁界はバイアス周波数と同じ周波数を用いている。この消去法は紙に書いた字を消しゴムで消す効果と同じである。
→磁気テープ
執筆者:竹ヶ原 俊幸
テープレコーダーは多くの家庭内電気機器の中でも独自の地位を占めている。その理由は,(1)音声を容易に収録,再生できる,(2)放送を容易に収録,再生できる,(3)個人の独自の音響世界を享受できるというところに求められる。テープレコーダーによってはじめてふつうの人々は個人レベルでの〈音の複製〉の手段,すなわち自分の音声も含めてさまざまの音響を記録し,また再現する手段を入手した。いわば音の鏡として人々は自分の声を自分で客観的に聞くことが可能になった。おそらく声の演技を意識することにテープレコーダーは貢献している。また一過性の放送を録音,再生できることによって人々の放送に対する意識は変わってきて,放送局側もそのような装置を前提にしての放送を行うようにもなってきた。人々が放送,レコード,その他の録音を自分で収集し,イアホンやヘッドホンで他人にも迷惑をかけずに独自の音響世界を楽しむことができるようになったのも,テープレコーダー出現以来のことである。
執筆者:後藤 和彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
マイナンバーカードを健康保険証として利用できるようにしたもの。マイナポータルなどで利用登録が必要。令和3年(2021)10月から本格運用開始。マイナンバー保険証。マイナンバーカード健康保険証。...