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ディニス Dinis, Júlio

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ディニス
Dinis, Júlio

[生]1839.11.14. ポルト
[没]1871.9.12. ポルト
ポルトガルの小説家。本名 Joaquim Guilherme Gomes Coelho。ポルトの工芸学校卒業後,1856年同市の外科医学校に入学。 61年に卒業すると医学校の教職についたが,結核を病んで辞職し,31歳で死去。おもな作品は,ポルト市のイギリス人中産階級を描いた『あるイギリス人の家族』 Uma Família Inglesa (1868) や『教区長の後見している娘たち』 As Pupilas do Senhor Reitor (67) など。田園小説をもって一世を風靡した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ディニス【Júlio Dinis】

1839‐71
ポルトガルの小説家。本名はコエーリョJoaquim Guilhermo Gomes Coelho。代表作は《後見人教区長の娘たち》(1867),《あるイギリス人家族》《マダレナ》(ともに1868)など。彼の作品に一貫して流れるものは〈人間の善意〉と〈自然〉とに対するルソー的態度にもとづく教導的姿勢である。したがって彼の考える小説は大衆を教化するためのいわば一種の道具である。彼の小説が常にハッピーエンドで終わっているのもこのためで,結論は常に〈悪〉は避けることのできない宿命的なものではなく,〈真心〉〈良心〉の声に耳を傾ければ必ず〈正しい道〉を歩むことができることを教えるものである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ディニス
でぃにす
Dinis
(1261―1325)

ポルトガル王(在位1279~1325)。ブルゴーニュ朝第6代の王で、通称は農夫王o Lavrador。南部アルガルベを征服してポルトガルのレコンキスタ(国土回復戦争)を完了した父王アフォンソ3世の後を継ぎ、1297年カスティーリャとアルカニセス条約を結んで、ほぼ現在と同じ国境を決定した。平和の時代を迎えて国内の植民が奨励され、首都リスボンは国際的な貿易港として発展した。テンプル騎士団をキリスト騎士団として再編し、王権の支配下に置いて貴族勢力を抑え、王権の強化に努めた。王の治世下、文化面でも中世文化の黄金時代を迎え、コインブラ大学が創設され、ポルトガル語が公用語となった。王自身詩人として有名である。[金七紀男]

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367日誕生日大事典の解説

ディニス

生年月日:1261年10月9日
ポルトガル国王(在位1279〜1325)
1325年没

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世界大百科事典内のディニスの言及

【ポルトガル文学】より

…このことばは当時イベリア半島の大半における抒情詩のための言語であった。国王ディニス(在位1279‐1325)をこの時期の最後の代表的な抒情詩人として,この韻文の時代が終わり,14世紀後半から散文の時代に入る。この時期を代表するのはフェルナン・ロペスである。…

※「ディニス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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