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デッサウ デッサウDessau

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

デッサウ
Dessau

ドイツ中北部,ザクセンアンハルト州の都市。ハレの北北東約 40km,エルベの支流ムルデ川に臨む。 13世紀に市となり,15世紀末頃からアンハルト伯 (のち公) 家の居地。 1863~1945年にはアンハルト州の州都。 18世紀に建てられた城にはロココ様式の美術館があり,ルーベンス,ティツィアーノ,ファン・ダイクなどの絵を所蔵する。 1925~32年には W.グロピウスバウハウスがここに置かれた。河港をもち,第2次世界大戦前は大規模な航空機工場が立地した。現在は兵器廠,自動車,機械,化学などの工場があるほか,ムルデ川とエルベ川の合流地点には造船工場もある。バウハウスの作品群はワイマールのそれらとともに,1996年世界遺産の文化遺産に登録。人口9万 6754 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

デッサウ(Dessau)

ドイツ中東部、ザクセン‐アンハルト州の工業都市。旧東ドイツに属した。1925年、建築家ワルター=グロピウスが創立した総合造形学校バウハウスワイマールより移転、1932年まで置かれた。現在残っている関連建築群が1996年に世界遺産(文化遺産)に登録された。

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百科事典マイペディアの解説

デッサウ

ドイツ中部,ザクセン・アンハルト州の工業都市。ムルデ川のエルベ川への合流点近くにあり,水陸交通の要地。19世紀後半から産業が発展。鉄道車両・機械・化学工業が行われる。

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世界大百科事典 第2版の解説

デッサウ【Dessau】

ドイツ中部,ザクセン・アンハルト州の都市。人口9万5000(1991)。エルベ川とムルデMulde川の合流点に位置。機械・車両製造,食品工業があるが,ハレからビターフェルトBitterfeldにかけての化学工業地帯の住宅地として近年急速に発達した。建市は1180年ごろ,1918年までアンハルトAnhalt侯爵領の首都であった。1774年バゼドーがここに人間愛に基づく新しい学校〈フィラントロピンPhilanthropin〉を設立し,ヨーロッパの学校教育に新風をまきおこした。

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世界大百科事典内のデッサウの言及

【バウハウス】より

…1919年,ドイツのワイマールに設立された美術工芸学校。25年デッサウに移り,33年ベルリンでナチスによって解散させられる。同校における教育・造形活動は,近代デザイン,建築に重要な影響をあたえた。…

※「デッサウ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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