改訂新版 世界大百科事典 「食品工業」の意味・わかりやすい解説
食品工業 (しょくひんこうぎょう)
農産物,水産物,畜産物などを原材料として加工食品を生産する工業。食品工業の範囲は必ずしも明確ではない。狭義には日本標準産業分類(1993年10月改訂)のなかの中分類の〈食料品製造業〉がこれにあたる。この分類のなかには畜産食料品,水産食料品,野菜缶詰・果実缶詰・農産保存食料品,調味料,糖類,精穀・製粉,パン・菓子,動植物油脂,その他の食料品(めん類,豆腐・油揚げなど)の製造業が含まれる。そのほか飲料,酒類,茶・コーヒー製造業も一般的には食品工業に含まれるが,前記の産業分類では中分類の〈飲料・飼料・タバコ製造業〉に分類されている。また,塩,人工甘味料,香料の製造業については食用も含めて,中分類の〈化学工業〉に分類されている。
《工業統計表》によると,食料品製造業(以下,食品工業という)の生産額は1995年で35兆円に達し,電気機械の52兆円,輸送用機械の45兆円に次ぐ大きな額で,製造業全体の生産高の11%を占めている。また事業所数は6万9000と製造業のなかでいちばん多く,従業員数も131万人と電気機械に次いで多い。このように食品工業は生活必需品である加工食品を製造しているため,日本の工業に大きな比率を構成している。そのなかでも飲料(4.5兆円,以下,出荷額),畜産食料品(4.1兆円),パン・菓子(3.4兆円),水産食料品(3.3兆円)のウェイトが高くなっている。
また食品工業の特徴として次のことがあげられる。(1)中小企業の多いことである。1995年の数字で従業員4人以上の〈食料品製造業〉約4万1000の事業所のうち,従業員が4~29人の企業が83%,従業者数で34%を占め,総生産額の23%を生産している。その理由としては,(a)原材料や製品の輸送,保存に制約が多い,(b)加工食品の種類が多く,一部を除いて市場の規模が小さい,(c)加工度が比較的低く,品質による商品差別化が一般的に困難であるため,参入障壁が低い,などがある。その反面,化学調味料,ビール,ウィスキー,マヨネーズなどについては典型的な寡占業態がみられ,それぞれの商品について大手メーカーのナショナル・ブランドがある。(2)労働集約的で,従業員1人当りの固定資本が少ないことである。(3)原材料費の比率が高く,付加価値率が低いことである。
量的拡大の鈍化
日本の食品工業が,成熟産業といわれるようになって久しい。食品工業生産指数でみると,年平均伸び率は1965-73年に5.2%であったが,73-75年には0.5%,75-79年には2.8%と鈍化し,79-82年には-0.1%とマイナスになった。また食品工業生産額の実質値でみても,その年平均伸び率は1965-73年の9.5%から,75-79年の4.3%,79-82年の2.5%に鈍化している。このような伸び率鈍化の背景には,(1)人口増加率の低下,(2)石油危機後の所得の伸び悩み,(3)食生活の量的充足がすでに達成されたこと,(4)消費者の消費選好の変化,などがある。次に主要品目の生産量をみると,1973-75年を第1次石油危機後の生産調整期として除けば,食肉加工品,食用加工油脂,砂糖,ウィスキー,清涼飲料,飲用牛乳など,ほとんどの品目において年平均伸び率が低下している。そのなかで,冷凍食品やウィスキーの生産量はまだ比較的高い伸び率を維持している。このように,主要品目の生産量の伸び率が軒並み低下している背景には,前述の(1)~(4)の要因のほかに,消費者ニーズの多様化がある。つまり,主要品目生産量の伸び率低下は,消費者ニーズの多様化に対応するため,食品生産が,単品大量生産から多品種少量生産に変化している表れでもある。
食生活の多様化と食品志向
食生活の多様化に対応するため,食品メーカーは毎年数多くの新製品を開発し,またその生産も,高度成長期の単品大量生産から多品種少量生産に移行する傾向にある。そこで食生活の変化の傾向をみると次のようなパターンがある。(1)高級品志向と低価格志向 高度成長期を経て現代の日本は,食生活の面ではあらゆる食物が手に入る社会になった。そこで,消費者は大量生産される画一的な食品に飽きたらなくなり,より高品質な食品,本物のおいしさを求める傾向が強まっている。ハム,ソーセージ,アイスクリーム,ウィスキーをはじめ冷凍食品やインスタントラーメンに至るまで,高級品志向が高まっている。一方,ある程度の品質であれば,なるべく安いものを選好する傾向もある。この低価格志向は,石油危機を転機として所得が伸び悩んだため,日常の食料品購入について消費者の節約意識が高まった表れである。(2)簡便化志向と手作り志向 現代の主婦,とくに若い世代の主婦層には,調理に手間のかからない食品が好まれ,冷凍食品,レトルト食品などの需要が伸びている。この簡便化志向の背景としては,料理に要する時間の短縮を求める主婦が多いことのほかに,共稼夫婦の増加,女性の職場進出といった社会的要因がある。また外食産業(〈飲食業〉の項参照)の成長も,この簡便化志向の延長線上に位置づけられる。簡便化志向は食生活における基調的な流れとして進みつつあるが,その一方で手作り志向が進展している。この一見相反するような両者は,微妙にからみあっている。たとえば冷凍パイシート,春巻の皮,ドーナツ用プレミックス,ドレッシング専用食用油,各種素材缶詰,中華料理専用混合ソースなどにみられるように,あくまでも調理の簡便化を目的としながら,手作りの楽しみを味わえる余地を残した商品が需要を伸ばしている。(3)小口志向とファミリー志向 現代は,残業や出張などで家族そろっての食事ができないことが多く,また核家族化,独身者・単身者の増加,個性の重視,世代間の好みの違いなどを反映して,各人が食べたいときに食べたいものを食べる傾向が強まっている。そのような環境からスティック状の1人用のコーヒー,ビールの小瓶などのミニサイズ食品の需要が伸びている。一方,小口志向がすすむ反面,家族そろっての楽しい食事やホームパーティなどが望まれ,そのニーズに合った食品が伸びている。その例として清涼飲料,アイスクリームなどのホームサイズやワインなどの普及がある。(4)健康志向 現在の日本は飽食の時代といわれるほど食生活は充足し,かえって肥満や糖尿病などの弊害が社会問題になりつつある。消費者の健康に対する意識が高まり,食品分野においても,ビタミン類を中心とする栄養補助食品や低塩・低カロリー食品などの健康食品の需要が伸びている。健康食品は一般食品と区別して用いられるようになった商業上の用語で,その定義や範囲は定かではない。しかし一般的には,健康食品は(1)過剰摂取になりがちな成分を意識的に抑え栄養バランスを保つもの(低カロリー飲料,低糖度ジャム,減塩しょうゆ等),(2)不足しがちな栄養を補強し,健康増進を図るもの(ローヤルゼリー,ビタミンE,クロレラ等),(3)コレステロール抑制,ダイエット,アルカリ化等の体質改善をおもな目的とするもの(豆乳,アルカリスポーツ飲料,プレーンヨーグルト,ウーロン茶,プルーン,プロテイン等)を指すかなり広い概念として用いられており,場合により(4)人工的化学物質をできる限り抑え汚染を回避するもの(いわゆる自然食品)も含まれる。
消費者志向のパターンには,以上の諸志向のほかに,ファッション志向,モビリティ志向などがあり,消費者ニーズの多様化を示している。最近の傾向をみると,これらの消費者ニーズのいくつかを満たしている商品が需要を伸ばしている。
→飲料工業 →菓子 →缶詰 →砂糖 →酒造業 →醸造業 →食肉加工 →乳業 →パン
執筆者:黒田 英夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報