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デュ・ベレー Du Bellay, Guillaume, Sieur de Langey

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

デュ・ベレー
Du Bellay, Guillaume, Sieur de Langey

[生]1491. サルトグラティニー
[没]1543.1.9. リヨン近郊
フランスの軍人,政治家。国王フランソア1世とともにイタリアに遠征 (1525) し,パビアの戦いに敗れ国王とともに捕えられた。以後外交を担当し,イングランド,ドイツとの関係調整にあたった。自身はカトリックであったがプロテスタントを保護。 F.ラブレーその他当代の文人と親交があり,自身も著作を残した。代表作は『回想録Mémoires

デュ・ベレー
Du Bellay, Jean

[生]1492頃
[没]1560.2.16. ローマ
フランスの枢機卿,外交官。 G.デュ・ベレーの弟。 1526年にバヨンヌ,32年にパリの司教をつとめ,国王フランソア1世に仕えて,イングランド,イタリアに外交官として派遣され,35年枢機卿となった。 36~37年のフランスと神聖ローマ帝国との戦乱中は陸軍中将として活躍。 41~44年リモージュ司教,44~53年ボルドー大司教,46~56年ルマン司教を兼任したが,アンリ2世の戴冠と同時に寵を失い,53年以降はローマに定住し,オスチアの司教となった。人文主義者の保護者として知られ,ラテン語の詩集,書簡集などが残されている。

デュ・ベレー
Du Bellay, Joachim

[生]1522. アンジェ
[没]1560.1.1. パリ
フランスの詩人。名門の出身で初め法律を学び,1547年ロンサールと知合い,ともにコクレ学寮で J.ドラの指導を受けた。 49年,プレイヤッドの宣言『フランス語の擁護と顕揚』 Défense et Illustration de la langue françaiseを発表,ギリシア・ラテンの模倣を通じてフランス語の可能性を追求しようとした。 53年から 57年までのローマ滞在から,郷愁と怒りのソネット詩集『哀惜詩集』 Les Regrets (1558) ,古代ローマの偉大さを賛美し,現代の堕落を嘆く『ローマの古跡』 Les Antiquités de Rome (58) が生れた。

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百科事典マイペディアの解説

デュ・ベレー

フランスの詩人ロンサールらとプレイヤード派を結成し,《フランス語の擁護顕揚》(1549年)で,詩型古典に求め古代語を活用すべきことを宣言。枢機卿のいとこに秘書として同行,ローマに滞在した際のソネット集《哀惜詩集》《ローマの古跡》などの作品がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

デュ・ベレー
でゅべれー
Joachim Du Bellay
(1522?―1560)

フランスの詩人。プレイアード詩派の一員。ロアール河畔リレに生まれる。地方貴族の名門の出身だが早くから孤児となり、孤独のうちに成長する。ポアチエで法律を学んでいたころから詩作に手を染め、ペルチエら詩人たちと交遊を結ぶ。ロンサールに出会ったのもこのころ(1547?)といわれる。ロンサール、バイフ(ジャン・アントアーヌ)とともにパリのコクレ学寮において、ギリシア学者ドラについて古典学を学ぶ。1549年、彼はコクレ学寮グループを中心に生まれたプレイアード派の前身「部隊(ブリガード)」brigadeの宣言書『フランス語の擁護と顕揚』La Dfense et illustration de la langue franaiseを発表する。フランス語の使用を力説し、それを豊かにすべきこと、そのために古代やイタリアに倣って詩の革新を説く彼の主張は新しいものではなかったが、そこに表明された明確な芸術家意識、また当時の詩人たちに与えた影響によって、まさに一時代を画するものであった。
 彼は同時に公刊したペトラルカ風のソネット集『オリーブ』L'Oliveで理論を実践する。しかしペトラルキスムから出発した彼の詩風は大きく変化する。1553年従兄ジャン・デュ・ベレー枢機卿(すうききょう)Jean du Bellay(1492―1560)に従ってローマに赴き、4年間滞在。この旅の間に、古代ローマの偉大と現在の退廃を歌った『ローマの古蹟(こせき)』Les Antiquits de Rome、故郷への思いとローマでの幻滅を歌った『哀惜詩集』Les Regrets、また『田園遊楽集』Divers jeux rustiques(いずれも1558)などの代表作が生まれる。ことに個人的な感情を率直に歌い上げた『哀惜詩集』は最高傑作といっても過言でなく、その叙情と風刺精神との結び付きは後世の高い評価を得ている。橋由美子]
『Y・ベランジェ著、高田勇・伊藤進訳『プレイヤード派の詩人たち』(白水社・文庫クセジュ)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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