ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「プレイヤッド」の意味・わかりやすい解説
プレイヤッド
Pléiade
伝統的な詩型バラッド ballad,ロンドー rondeau,シャンソン chanson等を捨てて,ギリシア人やローマ人 (特にホラチウス,ピンダロス ) にならってのオード ode,先進国イタリア詩人 (→ペトラルカ ) を模してのソネット採択を提唱。デュ・ベレーの『フランス語の擁護と顕揚』 (1549) はプレイヤッド派の理論書であった。同年,彼は『オリーブ』L'oliveを著わすが,それはネオ・プラトニスム (キリスト教とプラトン哲学の結びついた神秘思想) の影響下で恋愛至上主義を歌うソネットの連作であった。翌年,ロンサールはオードの連作,『オード集』 Odes (5巻,1550~52) を発表,さらにソネットによる一連の『恋愛詩集』 Les Amoursが増補を重ねる。友人デュ・ベレーとは異なり,実在の女性たち,カッサンドル (王母の侍女) や田舎娘マリ,さらにはエレーヌなどへの率直な情熱を吐露するこれらの作品は,彼の叙情詩の面での代表作である。
また『現代の悲惨を論ず王母后に捧ぐ』 La Franciade Discours des Misères de ce Temps,à la Reine Mère du roi (1562) は,アンリ2世の妃でその次子シャルル9世が王位につくと摂政となって権力を掌握することとなるカトリーヌ・ド・メディシスに捧げられたロンサールの論文 (韻文) 。世情を二分したカトリックとプロテスタントの泥沼化した対立を嘆き,ロンサールはカトリック擁護を本作で貫く。同年に続編を著わし大きな成功をおさめたが,激しい弾劾の書であるため,プロテスタント方の論敵のほこ先にさらされる。一方,叙情詩人としてすでに高名なロンサールは,1572年,20年間あたためていた叙事詩,『フランシアード』 La Franciadeを公にする。フランス王朝をたたえる,ヨーロッパ的スケールの擬歴史「フランス王トロヤ王末裔説」 (紀元前 1200年にギリシアとトロヤ間の戦いで,トロヤは敗戦を喫し亡命先のヨーロッパ各地に散り,国を興したというなかば伝説で,当時広く受入れられていた) (→ロマンス ) に依拠した野心作であったが,最初の4部を刊行したまま未完に終る。時代趣向はすでに移ろい,実証に基づく史観のもとに台頭した国家主義は,プレイヤッドのリーダーの野心的叙事詩を受入れることはなかった。国民詩人としてのロンサールおよびプレイヤッド再評価は,ロマン派の仕事であり,19世紀を待たねばならなかった。
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