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トリニダード・トバゴ Trinidad and Tobago

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トリニダード・トバゴ
Trinidad and Tobago

正式名称 トリニダード・トバゴ共和国 Republic of Trinidad and Tobago。
面積 5155km2
人口 132万5000(2011推計)。
首都 ポートオブスペイン

南アメリカ大陸北岸沖,カリブ海南東端にある島国。狭い海峡を挟んでベネズエラ北東岸に相対するトリニダード島と,その北東約 30kmに位置する小さなトバゴ島からなる。熱帯気候に属し,高温多雨。1~5月が乾季で,9~10月にも短い乾季がある。住民構成は歴史を反映して複雑で,アフリカ系黒人とインド系が各 40%,混血 16%,ほかにヨーロッパ系住民や中国人がいる。公用語は英語。両島とも 1498年にコロンブスが来航したが,それぞれ別個の歴史をたどったのち,19世紀末合併し,単一のイギリス植民地となった。 1910年トリニダード島南部の石油開発が本格的に始まると,農業植民地としての経済形態に変化が生じた。 1937年油田労働者のストライキがゼネストに発展。 1945年普通選挙制度導入。 1950年制定された新憲法のもとで,1956年総選挙が行なわれ,エリック・ウィリアムズの率いる人民民族運動党 PNMが勝利。 1961年内政の完全自治を定めた新憲法施行。この間 1958年西インド諸島のイギリス領諸島が西インド諸島連邦を結成,連邦としての独立を目指したが,1961年単独に独立すべくジャマイカが脱退。翌 1962年トリニダード・トバゴも脱退し,8月 31日独立,イギリス連邦の構成国となった。ウィリアムズが初代首相。 1976年8月新憲法が施行され,共和国となった。商品作物としてサトウキビ,柑橘類,カカオ,コーヒー,ココナッツなどが栽培されるが,輸出額の5~7%を占めるにすぎない。消費作物として米,豆類,トウモロコシ,芋類が栽培される。主産業は石油産業で,輸出額の 45%以上を占め,西インド諸島有数の産油国。鉱物資源としてはほかにアスファルトがあり,世界有数の産出国である。工業部門では,石油精製と石油化学のほか,肥料,衣料,自動車組み立てなどの工業がある。観光業も特にトバゴ島で重要。国内交通路としては鉄道もあるが,自動車交通が中心で,道路網が整備されている。海路,空路によりカリブ海諸島をはじめ,世界各地と連絡。

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百科事典マイペディアの解説

トリニダード・トバゴ

◎正式名称−トリニダード・トバゴ共和国Republic of Trinidad and Tobago。◎面積−5128km2。◎人口−133万人(2011)。
→関連項目ピッチ[湖]

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トリニダード・トバゴ
とりにだーどとばご
Trinidad and Tobago

南アメリカのベネズエラ北東沖約11キロメートルのトリニダード島と、その北東約32キロメートルに位置するトバゴ島からなる国。正称はトリニダード・トバゴ共和国Republic of Trinidad and Tobago。面積5128平方キロメートル、人口130万(2005年推計)。首都はトリニダード島のポート・オブ・スペイン[菅野峰明]

自然

トリニダード島とトバゴ島はウィンドワード諸島の南方にあるので、小アンティル諸島に含められるが、島は地質学的には南アメリカ大陸の延長部分とみなされる。トリニダード島には南と北と中央部にほぼ東西に走る山地があり、北部の山地は標高900メートル以上に達する。山地の間の平地を小さな河川が流れている。トバゴ島はトリニダード島よりも起伏に富み、海岸線は小さな入り江が多い。北緯10~11度に位置するので他のアンティル諸島よりも平均気温が高く、首都ポート・オブ・スペインの1月の平均気温は24.5℃、7月の平均気温は25.9℃である。北東貿易風が吹くので、気温のわりには比較的しのぎやすい。1~5月が乾期、6~12月は雨期である。年降水量は東部の風上側で2500ミリメートル、西部の風下側は1250ミリメートルである。[菅野峰明]

歴史

1498年コロンブスの第三次航海によって発見されスペイン領となった。17~18世紀にアフリカから連れてきた黒人奴隷を使用してカカオとサトウキビのプランテーション経営が行われた。1783年スペインはスペイン人以外の入植者も認めたので、多数のフランス人がアフリカ人奴隷を連れて入植した。1797年イギリスがトリニダード島を占領し、1802年に正式にイギリス領となった。トバゴ島は1814年にイギリスに占領され、1889年にトリニダード島とともにイギリスの直轄植民地となった。1833年トリニダード島の奴隷は解放され、プランテーションの労働者不足を補うためイギリスは約15万人のインド人を導入した。1955年ごろからエリック・ウィリアムズの指導の下に自治獲得運動が進み、1961年内政自治権を獲得し、1962年8月イギリス連邦の一員として独立、1976年8月共和制に移行した。
 1970年2~4月に黒人労働者による放火、略奪などの大暴動が起こり、政府は軍隊を使用してこれを鎮圧した。1975年、急激な物価上昇によって石油、砂糖産業の長期ストが引き起こされたが、政府は石油からの収入を利用して減税を図り、社会福祉費を増額し、インフレ対策として食料品価格安定のための補助金を支給するなどの対策を講じた。1976年、政府は通貨をイギリス・ポンドからアメリカ・ドルにリンクさせ、通貨の安定を図った。[菅野峰明]

政治

政体は上院(定員31人)、下院(定員36人)の2院からなる共和制で、大統領は上下院議員の投票によって選出される。行政権は首相にあり、首相には下院の多数党党首が任命される。1956年以来、黒人住民を支持層とする人民国家運動党(PNM)が政権の座にあったが、1986年総選挙で野党連合の国家再建同盟(NAR)が政権をとった。しかし、1989年NAR左派議員が統一民族会議(UNC)を結成して分裂。1991年の総選挙で政権を奪還したPNMは安定政権を目ざして1995年1月に選挙を実施したが惨敗、UNCとNARが連立政権を樹立した。2000年12月の総選挙ではUNCが議席数を増やし、単独政権となった。翌2001年12月にふたたび総選挙が行われ、UNCとPNMがともに18議席の同数となったため、獲得議席数では首相が決められず、大統領レイモンド・ロビンソンA. N. Raymond Robinson(1926―2014)によってPNMのパトリック・マニングPatrick Manning(1946―2016)が首相に任命された。しかしこの件でUNCが反発したため、2002年10月改めて総選挙が行われ、PNMが20議席を獲得して勝利し、マニングが首相に再任命された。2003年2月には大統領選挙が行われ、PNM推薦のジョージ・マクスウェル・リチャーズGeorge Maxwell Richards(1931― )が大統領に選出された。外交関係は、イギリスおよびアメリカ合衆国との伝統的関係の維持および非同盟政策を中心としている。またカリブ共同体(CARICOM(カリコム))最大の経済力をもち、その主導的立場にある。[菅野峰明]

経済・産業

18世紀末にイギリス人がサトウキビやカカオのプランテーション経営を積極的に進めて以来、トリニダード島の経済活動の中心はサトウキビやカカオの栽培であった。1910年ごろからの石油の発見により、トリニダード島の経済は多様化してきた。
 農業就業者は総就業者の9.5%を占める。トリニダード島の約半分は森林に覆われ、残りが耕地である。耕地の約2分の1はカカオや柑橘(かんきつ)類の樹木作物、約4分の1はサトウキビ、約4分の1は食料作物の栽培に利用される。サトウキビは19世紀末まで小規模な農園で栽培されていたが、その後、小規模農園は統合され、土地条件の悪い所にはカカオやそのほかの作物が栽培されるようになった。カカオも植民地時代から栽培されていたが、19世紀の終わりにサトウキビの栽培面積が減少するにつれて、1930年代までカカオの栽培面積が増加した。しかし、その後はアフリカの黄金海岸(ガーナ)やブラジルのカカオとの競合に敗れ、カカオ栽培地はコーヒーや柑橘類の畑にかわった。
 トリニダード・トバゴの経済構造を特徴づけている石油産業は、1910年ごろピッチ湖周辺での石油採掘から始まった。第二次世界大戦後、石油資源を利用しての工業開発計画が進展し、石油化学、繊維、衣服、セメント、ガラス、食品などの工業が発展した。1960年代後半から石油資源の枯渇傾向が目だったが、1972~1975年に海底油田が発見され石油生産はふたたび上昇に転じた。石油産業は石油精製が著しく発達していることが特徴で、精油量は自国の石油産出量の2倍にもなり、原油はおもにベネズエラ、コロンビアなどから輸入している。石油製品は輸出総額の約50%を占める。石油と並んで天然ガスとアスファルトの埋蔵量も多い。アスファルトは天然のもので、ピッチ湖に産し、索道で南西海岸の港まで運ばれ、そこからイギリスに輸出される。
 主要輸入相手国はアメリカ、ベネズエラ、ドイツ、ブラジルで、原油、輸送用機器、鉄鋼の輸入が多い。主要輸出相手国はアメリカが67%を占め、石油製品、原油、化学製品、工業製品の輸出が多い(2004)。原油、石油製品および砂糖の輸出によって、1人当り国民総所得(GNI)は8730ドル(2004)で西インド諸島でもっとも高い国の一つである。しかし失業率は16.3%(1996)から10.6%(2003)へ低下してきたとはいえ依然として高い。温暖な気候と美しい砂浜、島の美しい風景を求めて、カナダやアメリカから多くの観光・保養客が訪れ、観光収入も外貨獲得の重要な手段となっている。[菅野峰明]

社会・文化

イギリスがトリニダード島を領有して以来、プランテーション経営のもとでアフリカ人、インド人、中国人、シリア人、ベネズエラ人が導入されたので人種的に複雑で、さまざまな風俗、習慣が共存している。住民はインド系40%、アフリカ系37.5%、混血20.5%、その他中国系など1.2%である。宗教はカトリック教徒30%、ヒンドゥー教徒24%、プロテスタント教徒19%、ほかに英国国教会教徒(11%)、イスラム教徒(6%)もいる。民族ごとに居住地域が違うのが特色で、アフリカ系は都市地域や油田地帯に住むが、インド系はサトウキビ地帯の農村に多く住んでいる。人種の多様性にもかかわらず、英語(公用語)が大部分で、ほかにヒンディー語も話される。カリプソ音楽とリンボーダンスの発生地で、音楽に関する催しが多い。[菅野峰明]
『内田莉莎子著『ヤギとライオン――トリニダード・トバゴの民話』(1991・鈴木出版) ▽田辺裕監修、栗原尚子・渡辺真紀子訳『図説大百科 世界の地理4 中部アメリカ』(1999・朝倉書店) ▽石橋純著『熱帯の祭りと宴――カリブ海域音楽紀行』(2002・柘植書房新社) ▽白根全著『カーニバルの誘惑――ラテンアメリカ祝祭紀行』(2003・毎日新聞社)』

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