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トレント トレントTrento

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トレント
Trento

ドイツ語ではトリエント Trient,ラテン語ではトリデンツム Tridentum。イタリア北部,トレンティノアルトアディジェ州トレント県の県都。ベロナの北約 70km,アルプスを刻んで南流するアディジェ川左岸にのぞむ。古代からブレンナー峠越えの交通の要地として軍事的に重視され,ローマ植民都市でもあった。東ゴート人による支配ののち,6世紀にはランゴバルド王国の一部となり,その後神聖ローマ帝国の司教公領 (1814年からオーストリア領) の首都であったが,1919年イタリア王国領となった。 1545~63年にはローマ教会史上有名なトレント公会議が開かれた。水力発電所が立地し,印刷,家具,機械,繊維工業が行われ,市内にはローマ時代の劇場跡,ルネサンス様式のサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂 (1520~23) ,ブオンコンシリオ宮 (13世紀) などがある。人口 11万6298(2011推計)。

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百科事典マイペディアの解説

トレント

イタリア北部トレンティノ・アルト・アディジェ州の州都。ドイツ名トリエントTrient。アディジェ川に臨み,絹織物,陶器,ブドウ酒を産し,電気機器,化学薬品の製造も行われる。
→関連項目トレンティノ・アルト・アディジェ[州]

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世界大百科事典 第2版の解説

トレント【Trento】

イタリア北部,トレンティノ・アルト・アディジェ州の州都。ドイツ語名はトリエントTrient。人口10万3063(1994)。広いアディジェ河谷に位置し,北はアルプスにさえぎられているため,比較的温暖である(年平均気温11.1℃)。製粉,家具製造がおもな産業である。ローマの植民市として軍の重要な駐屯地であった。4世紀に司教座が置かれ,1027年神聖ローマ帝国のトレント司教伯領になった。1545年から63年までトリエント公会議が開かれた。

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大辞林 第三版の解説

トレント【Trento】

イタリア北部、アルプス山脈の南麓なんろくにある都市。ドイツ語名トリエント。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トレント
とれんと
Trento

イタリア北東部、トレンティーノ・アルト・アディジェ自治州の州都。人口10万4844(2001国勢調査速報値)。ドイツ語名はトリエントTrient。アルプス山中、アディジェ川沿いにあり、オーストリアとの国境ブレンナー峠に通じる交通の要地である。1816年からオーストリア領、第一次世界大戦後イタリア領となった。ブドウ、果樹の栽培地帯として知られるほか、近年水力発電を利用して、機械、電子、金属、化学などの工業が発達している。ロマネスク・ゴシック風の大聖堂(12~16世紀)、ボン・コンシーリオ城(13~16世紀)などがある。1545~1563年のトレント公会議の開催地として有名である。[堺 憲一]

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