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ドブリッチ Dobrich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ドブリッチ
Dobrich

旧称 (1949~90) トルブーヒン Tolbukhin。ブルガリア北東部,バルナ州の都市。バルナの北西約 50km,トブルジャ台地の東部に位置する。豊かな農業地帯の中心で穀物と工芸作物 (主としてヒマワリ) の栽培と牧畜が主要産業であるが,繊維,製菓,機械,電気機器などの工場もある。ローマ時代の集落の跡に 15世紀に都市として体裁を整えたが,1573年オスマン帝国領となって以後はバザルジクの名で知られた。 1913年ブカレスト条約により一時ルーマニア領となったが,40年国境条約によりブルガリア領に復帰した。人口 11万 5789 (1991推計) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

ドブリッチ【Dobrich】

ブルガリア北東部の同名県の県都。人口10万4000(1996)。別称バザルジクBazargic。1949年から90年まではトルブヒンTolbuhinと呼ばれた。バルナの北方50kmにあり,南ドブロジャの経済・文化の中心地。15世紀の村落に始まり,交通も便利で農産物市場として発達し,食品,繊維,農業機械工業がある。【山本 敏】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドブリッチ
どぶりっち
Dobrich

ブルガリア北東部、ブルガリア領の南ドブルジア平原の中心都市。ドブリッチ県の県都。バルナの北約40キロメートルに位置する。1949年にソ連軍元帥トルブヒンF. I. Tolbuhin(1894―1949)の死にちなんでトルブヒンと改名されたが、社会主義体制崩壊が進む1990年に旧市名のドブリッチを復活させた。人口10万(2001)。15世紀にハジオウル・パザルジークの名前で集落が形成され、南ロシアとバルカンを結ぶ交易路の都市として栄えた。17世紀にはオスマン・トルコ軍のウクライナやポーランドへの遠征の拠点となり、18世紀以降はロシアに対する防衛の拠点となった。18世紀以来しばしばロシアに占領され、そのたびごとに住民交換が行われて住民はベッサラビアなどに移住し、その後に山間部からブルガリア人が入植した。1878年の独立でブルガリア領に入るが、1913年から40年まではルーマニア領となり、バザルジクBazargicとよばれた。一帯は豊かな穀倉地帯で、食品産業、農業機械などの産業が発達している。市内には歴史博物館と劇場がある。[寺島憲治]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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