農産物市場(読み)のうさんぶつしじょう

改訂新版 世界大百科事典 「農産物市場」の意味・わかりやすい解説

農産物市場 (のうさんぶつしじょう)

農産物が,その価格の形成と変動を通して,生産者から消費者の手に渡る過程,およびそれを可能にする物的,社会的な組織をいう。農産物の自然的・社会的特殊性がその市場に構造的特質を与えるため,一般の商品市場から区別される。したがって,原料農産物が商品として工業製品と変わらない加工食品などに加工される場合は,その加工段階までが農産物市場である。

農産物市場を構造的に特徴づけている農産物の特質は以下のようなものである。(1)動植物の生命を利用する生産であるため,その生産過程と生産物が自然によって規定される。具体的には,生産の時期・期間が自然に依存し,生産量,生産物の質が土地や気象に規定される。さらに畜産物果実の場合,動植物の個体差が加わり,また腐敗などによる変質が早いものが多いため,一般に大量生産による標準化が困難である。これに,価格に対して容積が大であり,輸送・運搬も困難であることが加わる。(2)農業生産は世界的にも家族経営によるものが多いため,その供給は零細・分散的であり,また農産物消費は無数の家計により日々繰り返し行われるため,その需要も零細・分散的である。さらに需給いずれも季節的な変動が大きい。

 以上の特徴は農産物一般に共通するが,その程度は農産物の種類により大きく異なる。農産物の標準化可能性に関していえば,一般的に耕種生産物よりも畜産物が大であるが,耕種生産物では野菜,果実,穀類という順で,また畜産物では牛肉,豚肉,鶏肉鶏卵の順で,標準化可能性は大きくなる。また需要供給の零細・分散性に関しても,生産者の減少,生産者の組織化による共同販売の進展,農産物加工企業の大規模化や小売店の大型化,連鎖店化などによって,その程度は低くなる。

農産物市場も,農産物が生産者から消費者までその物的形態を変えながら移動していく物的流通過程と,需要と供給が形成する価格をもとに取引が行われて農産物の所有権が移っていく売買過程の二重の過程からなる。(1)物的流通過程に関しては,(a)野菜・果実の選別・包装,家畜の屠畜(とちく)・解体,あるいはこれらの冷蔵保管のような,農業生産そのものの延長にあたる作業が流通過程に組み込まれており,重要な意味をもっていること,(b)生産者の庭先から小売店の店頭まで流通の経路が長く,しかもそれが集荷,中継(荷受け),分荷(卸小売)と多くの段階に分かれていること,などの特徴がみられる。(2)売買過程にも次の特徴がある。(a)農産物は品質が多様であり,売手・買手は多数の場合が多いため,現物を前に多数の売手・買手が集まって集合的に取引を行う形が多くなる。すでに封建時代問屋街が形成され,また近代社会で卸売市場が現れるのはこのためである。(b)長期的な傾向変動,規則的な季節変動,また一部の農産物にみられる周期変動など,農産物に独特な価格変動が現れる。このほか,生産者団体の集荷・加工などへの進出が広くみられ,また価格支持をはじめ政府の多様な形での市場介入がみられることも,特徴にあげられる。以上はきわめて一般的な特徴であり,個々の農産物に応じて種々の形態の農産物市場が存在する。

農産物市場はいろいろな角度から分類されるが,最も基本的には,中継段階に注目しその前後を含む流通機構で類型化される。(1)商品取引所 会員である仲買人が,特定の農産物に関して標準品の先物取引を差金決済方式で行う。価格変動に対してヘッジ投機が同時に行われ,標準価格が形成される。日本では,乾繭・生糸,綿花綿糸,豆類,澱粉,砂糖等々が各地の取引所に上場されているが,アメリカでは穀物,大豆,畜産物なども上場される。とくにシカゴ商品取引所小麦トウモロコシ,大豆の価格は,世界的な標準価格として有名である。(2)卸売市場 生鮮食料品の現物取引が,複数の荷受問屋と多数の卸小売商との間で競争的に行われる。各国とも大都市では公設私営の形をとり,その取引に規制を加えていることが多いが,たんに荷受問屋が集中しているだけの場合もある。日本の中央卸売市場は,取引に対する規制がとくに強い。現在日本では,青果物,水産物の大部分と食肉の一部が,中央卸売市場ないし地方卸売市場を経由している。(3)荷受問屋 散在する荷受問屋が,生産者団体や産地問屋から受託または買い取った荷を卸小売商に卸売する。封建時代には,特権に基づいて荷受けを独占しえた問屋が産地と消費地の要に位置して流通を支配していた。現在も食肉流通などに問屋支配のなごりが部分的にみられるが,一般的には荷受問屋と卸小売商の間に自由な競争が貫かれるようになっている。現在日本では,鶏卵・鶏肉の大部分と食肉の一部が荷受問屋を経由している。(4)産地小売店直結型 スーパーマーケットなど小売店の大型化にともない,加工食品などでは加工企業と小売店の直結が増えているが,生鮮食料品などでも大型生産者,生産者団体,集荷卸売企業(産地問屋)などから小売店へ直結する形が増えている。日本の場合,鶏卵,鶏肉,豚肉で,パック卵,箱詰部分肉などの新しい荷姿と,産地処理場(鶏卵を区分けしてプラスチックケースに包装する鶏卵GPセンター,食肉センター)と量販店との間の新しい直結ルートとが開発され,流通量が増えている。これが生鮮食料品における流通革命である。(5)加工企業による原料農産物直接集荷 加工企業は荷受問屋や卸売市場を通して原料を集荷していたが,大規模化にともない生産者や生産者団体を組織化して直接集荷するようになった。その集荷の取引を長期契約で固定化したとき,契約生産と呼ばれる。日本では,繭,ビール麦,トマトなどにその例をみることができる。なお豚や鶏,とくにブロイラーで,総合商社や飼料メーカーが中心になり,長期契約や資本系列化を通して資材供給,家畜飼養,処理加工,卸小売の諸段階を統合する形態が現れている。これがいわゆるインテグレーションである(〈契約農業〉の項参照)。(6)政府管理型 日本では,タバコ,米が政府の直接管理下にあり,麦類も形は間接統制であるが,事実上政府管理下にある。

農産物は,需要の所得弾力性が低いため,1人当り消費量が頭打ちを示している場合が多い。加えて,生産は膨大な数の家族経営による場合が多く,結果的に実質価格が低迷ないし低落傾向を示しているものが多い。また,生産と消費の季節性に基づいて価格も規則的な季節変動を示すことが多い。加えて,農産物独特の周期変動がある。これは,零細な生産者が生産計画時の高価格に対応して生産を拡大したとき供給時に供給過剰がひき起こされ,逆に低価格に対応して生産を縮小すると供給不足がひき起こされることによる(〈くもの巣理論〉の項参照)。2~3年周期のエッグ・サイクル,4~5年周期のピッグ・サイクル(アメリカには約10年周期のキャトル・サイクルがある)のように畜産物に多くみられる。ただし野菜や果実では,収量の豊凶による価格変動が大きい。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

今日のキーワード

潮力発電

潮の干満の差の大きい所で、満潮時に蓄えた海水を干潮時に放流し、水力発電と同じ原理でタービンを回す発電方式。潮汐ちょうせき発電。...

潮力発電の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android