農業機械工業(読み)のうぎょうきかいこうぎょう

改訂新版 世界大百科事典 「農業機械工業」の意味・わかりやすい解説

農業機械工業 (のうぎょうきかいこうぎょう)

農業用の機械器具を製造する産業部門。農業機械とは,稲,麦,雑穀,いも類,豆類,果樹,野菜,工芸作物(タバコ,イグサなど),畜産,養蚕などの営農作業に使われる機械の総称である。営農作業は整地耕耘(こううん)作業から,収穫調製作業などまで数段階に及ぶため,機械の種類が多い。用途別にみると,整地耕耘用機械(装輪式トラクター動力耕耘機など),栽培用機械(田植機,野菜苗移植機など),管理用機械(噴霧機,散粉機など),収穫調製用機械(稲麦刈取機,刈払機,コンバイン脱穀機籾すり機,乾燥機など),飼料用機械(飼料さい断機など),穀物処理機械(精米麦機,製粉機械,製めん機など),製茶用機械などがある。日本の1997年の農業機械の生産額は6024億円で,そのうち装輪式トラクター(2194億円),動力耕耘機(318億円),田植機(532億円),コンバイン(1526億円)などの占める割合が高い(通産省〈生産動態統計〉による)。

 日本の農業は長い間,畜力による耕作が中心で,農機具といえば,鋤(すき),鍬(くわ)などであった。大正時代末になると,石油発動機が国産化され,かんがい用ポンプ,脱穀機の動力源として利用されるようになった。このころから農業労働力の不足への対策として農業機械の導入が徐々に進められてきたが,本格的に導入が進められたのは食糧増産の要請が強くなった第2次大戦後の1950年ころからである。農業機械の需要は,戦後の農業の動きに対応して,ほぼ10年ごとに変化してきた。(1)1950年から60年にかけての自作農体制の確立の時代は,軽量空冷エンジンが国産化され,動力耕耘機が急速に使われるようになった。この時期は日本の農業の機械化および農業機械工業の萌芽期といえる。(2)1960年から70年にかけての基本農政法の時代には,零細な自作農経営からの脱皮を目指した農業基本法が1961年に制定された。この時期には動力耕耘機の需要が限界に達した。しかし61年から65年にかけて米の消費量が生産量を上回ったこと,農村労働力の流出傾向が定着したこと,コンバイン,刈取機など新機種が商品化されたことなどの要因もあり,1964年ころから農業機械ブームが始まった。(3)1970年以降は総合農政の時代となり,米中心の農業から脱皮を図るために,米の生産調整が行われた。そのため70年から72年にかけて農業機械の生産額は伸び悩み,在庫過剰となり,メーカーの経営は悪化した。しかし73年の石油危機契機に,食糧の自給率向上の観点から,これまでの減反政策手直しが行われ,それに伴い農業機械の需要は高まった。

 その後,農業機械の国内需要は,過剰米対策のための生産調整の影響(米の作付面積が1975年の280万haから,97年には200万haを割り込む水準まで低下した)もあり,伸び悩んでいる。農業機械の生産額をみると,1975年の4967億円から86年には過去最高の6743億円となった。

 このような環境下で業界の再編成も進んだ。また1980年には三菱機器販売が佐藤造機を合併し,三菱農機となった。これによりクボタ,ヤンマー農機,井関農機,三菱農機の四大グループ体制となった。農業機械工業の業界は,主要機種(稲作農業機械化一貫体系で使用される主たる機械。耕耘機,トラクター,田植機,コンバインなど)を生産し,独自の販売網を持つ大手企業群と,耕耘用作業機の専業メーカー,防除機などの専業メーカー,あるいは地域特産物用の機械メーカーなどの中小企業群に大別できる。また,農業機械の流通は二元流通といわれ,先に述べた大手企業販売網を利用した商系のほか,農協系の流通機構がある。

 農業機械の輸出については,国内需要の低迷から1970年代後半以降,注力しており,85年には輸出額は過去最高の1903億円となった。しかし,1984年以降は円高が進み,輸出額も伸び悩んでいる。今後の方向性としては,農業機械化先進国として,発展途上国等への各種技術協力に対応するとともに,現在,主要輸出先は先進国であるが,発展途上国も含め,相手国に適合した農業機械の輸出拡大を図っていくこととなろう。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「農業機械工業」の意味・わかりやすい解説

農業機械工業
のうぎょうきかいこうぎょう

農業用機械器具を製造する産業部門。機械化による省力化と生産性向上で農業経営の安定化を目指す農家の需要に恵まれて,ほぼ順調に生産額を伸ばしてきた。 1953年の農業機械化促進法の制定も同工業の伸長に寄与している。作物の種類や栽培技術の変遷,農村の好不況といった外部要因によって需要が左右されるのは当然であるが,1960年代になると農業機械の進歩と普及がそうした変動をかなり吸収できるほどとなった。 70年以降の減反政策,米価の停滞などによって農家の農機需要が減退し,業界に危機をもたらしたため,巨大機械メーカーの寡占化が進行した。近年では,農産物の自由化や農業への就業の減退などにより,経営は一層厳しい状態におかれている。特に米自由化問題は米作機械が主力である農業機械メーカーにとっては重大な問題であり,経営の多角化や海外市場への進出などの方策が模索されている。

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百科事典マイペディア 「農業機械工業」の意味・わかりやすい解説

農業機械工業【のうぎょうきかいこうぎょう】

早くから農業機械化の進んだ米国で19世紀後半に確立,今日も同国が最大。日本では1920年代から生産が始まったが,本格化は耕耘(こううん)機などの爆発的普及をみた1950年代後半からである。特に1960年代には農村労働力の流出傾向が定着したこと,コンバイン,刈取機の新機種が商品化されたこともあって広く普及した。しかし1970年代は米の生産調整などで低迷,業界再編,輸出拡大が図られた。2012年の出荷額は4348億円。→農業機械

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