コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ドミティアヌス

3件 の用語解説(ドミティアヌスの意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

ドミティアヌス

ローマ皇帝(在位81年―96年)。ウェスパシアヌスの子,ティトゥスの弟。属州統治や辺境防衛に力を尽くしたが,専制的な傾向が強く,〈主にして神〉を自称してキリスト教徒を迫害し,恐怖政治を行ったため暗殺された。
→関連項目ネルウァ

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ドミティアヌス【Titus Flavius Domitianus】

51‐96
ローマ皇帝。在位81‐96年。父ウェスパシアヌス帝から兄ティトゥス帝在位中にかけて何度かコンスル職を務めたが,兄とは仲が悪く不遇であった。81年兄の急死後即位。その統治は厳格ながらも公正であったといわれるが,一方,元老院を抑圧し,10回もコンスル職を兼任し,また〈主にして神〉と自称してキリスト教徒を弾圧するなど,独裁的な専制政治を展開した。対外的にはゲルマニアのラインドナウ川上流地帯にリメス(長城)を築き,またブリタニア北部を征服したが,たび重なるダキア族の侵入に対し大敗を喫し,屈辱的な条件で和平を結ばざるをえなかった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドミティアヌス
どみてぃあぬす
Titus Flavius Domitianus
(51―96)

ローマ皇帝(在位81~96)。フラウィウス朝の創始者ウェスパシアヌス帝の息子。兄ティトゥス帝の死後に即位した。有能な政治家で軍人としても優秀であったが、反面専制的傾向が強く、85年以後終身ケンソルcensor perpetuusとなり、元老院を無視して独裁化を強め、さらに「主にして神」dominus et deusと称してユダヤ教徒やキリスト教徒などを迫害した。88年の上ゲルマニア総督サトゥルニヌスAntonius Saturninusの反乱以後、密告を奨励し、有力な元老院議員を次々と処刑して財産を没収した。対外政策では、アグリコラAgricolaによるブリタニア征服や、ゲルマニア・ダキア征服戦争などが行われたが、ダキア征服は成功しなかった。93年以後、彼の猜疑(さいぎ)心はますます強まって恐怖政治は頂点に達し、側近、有力者の処刑が相次ぎ、またエピクテトスなどの哲学者が追放された。身の危険を感じた妃ドミティアDomitiaが側近と謀り、96年9月18日、ドミティアヌスを暗殺した。[島 創平]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のドミティアヌスの言及

【キリスト教徒迫害】より

…けれども伝承ではペテロ,パウロなどがこのとき殉教したとされている。 以後1世紀末ドミティアヌスの治世になると,小アジアで大きな迫害が行われたらしい。この時期に書かれた《ヨハネの黙示録》が,怪物になぞらえられたローマ帝国にはげしい憎悪を示しているのはそのためだといわれるが,具体的な迫害の様相は不明である。…

【フラウィウス朝】より

…ネロ帝の死によるユリウス・クラウディウス朝の断絶に続く内乱を収拾したフラウィウス家のウェスパシアヌス(在位69‐79)は元首に迎えられ,その治世には法制が整えられ,官僚制も進展した。彼の後を継いだ長子ティトゥス(在位79‐81)は善政をしいて〈人類の寵児〉とたたえられたが,次子ドミティアヌス(在位81‐96)は恐怖政治に傾いたので,反感をかい暗殺された。【本村 凌二】。…

【本】より

…出版物はローマの皇帝が検閲した。暴君ドミティアヌスなどは,自分の意に反する書物が出版されると,その著者のみならず筆写した奴隷まで殺したと伝えられる。法治思想の発達したローマではあったが,版権に関する規約はなかった。…

【ローマ】より

…彼はエルサレムを攻略し,他方四帝並立のすきに蜂起していたライン地方のキウィリスGaius Julius Civilisの反乱,ガリアのクラッシクスJulius Classicusの独立運動も破砕された。こうして内乱鎮圧者として〈世界の再建者(レスティトゥトル・オルビスrestitutor orbis)〉として権力を確立したウェスパシアヌスは,自分(在位69‐79)と2人の息子,ティトゥス(在位79‐81)とドミティアヌス(在位81‐96)の帝位を確立し,フラウィウス朝を開いた。 この王朝の下で皇帝はしだいに絶対主義的になった。…

※「ドミティアヌス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ドミティアヌスの関連キーワードウェスパシアヌスカラカラジギスムントデキウスレオ北陸新幹線北海道新幹線テオドシウスネルワアントニヌスピウス

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone