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ドレイファス Dreyfuss, Richard

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ドレイファス
Dreyfuss, Richard

[生]1947.10.29. ニューヨーク,ブルックリン
アメリカ合衆国の映画俳優。本名 Richard Stephan Dreyfus。幼少期をニューヨークのブルックリンとクイーンズで過ごしたのち,一家でカリフォルニアに移住。大学で 1年間演劇を学び,1960年代後半~1970年代初めはおもに舞台で活動,ときおり端役でテレビにも出演した。『卒業』The Graduate(1967)などの映画に端役出演したのち,『デリンジャー』Dillinger(1973)のギャング役で本格的な映画デビューを果たす。ジョージ・ルーカス監督の『アメリカン・グラフィティ』American Graffiti(1973)では,高校卒業後の旅立ちを目前に控えたエリート青年のゆれ動く心理を好演。これ以降,戸惑いや不安を内に秘めた「普通の人」の役柄は得意とするところとなる。スティーブン・スピルバーグ監督のもとでは『ジョーズ』Jaws(1975),『未知との遭遇』Close Encounters of the Third Kind(1977)に出演し,いずれも大ヒットを記録。ニール・サイモンが脚本を手がけた『グッバイガール』The Goodbye Girl(1977)で,史上最年少の 29歳でアカデミー賞主演男優賞に輝いた。順調に成功への階段を上ったかにみえたが,その後は長く低迷し,一時は麻薬にも手を染める。ポール・マザースキー監督の『ビバリーヒルズ・バム』Down and Out in Beverly Hills(1986)でようやく一線に復帰。『陽のあたる教室』Mr. Holland's Opus(1995)で再びアカデミー賞にノミネートされた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドレイファス
どれいふぁす
Hubert L. Dreyfus
(1929―2017)

アメリカの哲学者。インディアナ州テレ・ホートに生まれる。1947年ハーバード大学に入学。同大学哲学科に学び、1964年に博士号を取得。1960年よりマサチューセッツ工科大学で助教授として教鞭(きょうべん)をとった後、1968年カリフォルニア大学バークリー校哲学科準教授に着任、1972年に教授に昇格、1994年より同哲学科大学院教授を務める。また、コレージュ・ド・フランスやドイツのフランクフルト大学をはじめとして、多くの大学、研究機関などに客員教授として招かれている。
 キルケゴール、フッサール、ハイデッガー、メルロ・ポンティ、フーコー等のヨーロッパ哲学と英米系の分析哲学などを思想的背景としてこれまで多くの論文や著作を発表しているが、その名を世に知らしめたのは1972年に刊行された『コンピュータには何ができないか』(1972)である。本書は、デジタル・コンピュータによる人間知能の実現を目ざす人工知能研究に手厳しい批判を加えている。その批判の眼目を一言でいえば、状況と文脈に埋め込まれつつ暗黙の背景(常識)を携える人間知能は、明示的な規則にもとづくデジタルな記号操作で動く人工知能とは根本的に異なるということである。この立論の背景には、フッサールの地平性――フッサールはこの概念を用いて、われわれの世界経験がつねに明示的な部分と明示されない部分から成り立っていることを洞察した――やメルロ・ポンティの身体性といった概念に依拠した世界と人間についての理解がある。本書は人工知能に対する哲学的批判の古典であり、ウィノグラードTerry Winograd(1946― )らをはじめとして、認知科学者たちにも大きな影響を及ぼした。ほかには、人工知能研究の一分野であるエキスパートシステムを批判した『純粋人工知能批判』(1986年。弟スチュアートStuart E. Dreyfus(1931― )との共著)がある。人間の認知において身体性を重視するドレイファスの姿勢は、インターネットへの過剰な期待をもつ現代社会に警告を発した著作『インターネットについて』(2001)においても変わらない。また、1990年代以降の認知科学における身体性重視の傾向については好意的であり、たとえば認知科学者・哲学者のアンディ・クラークAndy Clark(1957― )の仕事を高く評価している。クラークは、代表作『ビーイング・ゼア――脳と身体と世界の再統合』(1997)をはじめとする著作や論文で、人間の認知における身体と世界との相互作用を強調し、認知科学に現象学的と評しうるような思考を組み込もうとしている。
 ドレイファス哲学のもう一つの柱は、ヨーロッパ哲学の研究、とくにハイデッガー研究とフーコー研究である。前者の集大成ともいえる著書が、ハイデッガーの『存在と時間』の前半部に焦点をあてた『世界内存在』(1991)である。本書では、分析哲学における表象主義的傾向に対する批判をハイデッガーに依拠しつつ展開している。ただし、彼の解釈はしばしば、本家本流のハイデッガー研究者からその哲学を曲解しているという批判を受ける。とはいえ、ドレイファス流のハイデッガー解釈が本国アメリカで一つの勢力を形成しているのも事実である。後者の代表的研究には、文化人類学者ラビノウPaul Rabinow(1944― )との共著『ミシェル・フーコー――構造主義と解釈学を越えて』(1982)がある。その他、耳目をひく仕事としては、映画『マトリックス』三部作(1999、2003)――ドレイファスは心身二元論を前提にしているという意味で、これらをデカルト的映画と評している――をめぐる数編の哲学論文を発表している。[長滝祥司]
『ヒューバート・L・ドレイファス、スチュアート・E・ドレイファス著、椋田直子訳『純粋人工知能批判――コンピュータは思考を獲得できるか』(1987・アスキー) ▽黒崎政男・村若修訳『コンピュータには何ができないか――哲学的人工知能批判』(1992・産業図書) ▽ヒューバート・L・ドレイファス、ポール・ラビノウ著、山形頼洋・鷲田清一他訳『ミシェル・フーコー――構造主義と解釈学を超えて』(1996・筑摩書房) ▽門脇俊介監訳『世界内存在――「存在と時間」における日常性の解釈学』(2000・産業図書) ▽石原孝二訳『インターネットについて――哲学的考察』(2002・産業図書) ▽テリー・ウィノグラード、フェルナンド・フローレンス著、平賀譲訳『コンピュータと認知を理解する――人工知能の限界と新しい設計理念』(1989・産業図書) ▽Andy ClarkBeing There; Putting Brain, Body, and World Together Again(1997, MIT Press, Cambridge)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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