テキスト解釈の方法と理論を扱う学問。その場合のテキストとは,文字で表現された文書や文学作品だけでなく,現代では神話や夢,芸術作品など,解釈を要するあらゆる形式の言語作品までも含まれる。〈解釈学〉の語源は,〈解釈する〉を意味するギリシア語hermēneueinで,もともと古代ギリシアで文献学の補助学として成立した。以後,テキスト解釈の技術として,古典解釈学,法解釈学,聖書解釈学など領域別に発達してきた。〈解釈〉とは過去のテキストと現在の読者との間にある文化的,歴史的距離をのりこえる作業である。〈解釈〉が問題となるのは,伝統の権威がゆらいだときであり,事実,ヨーロッパの歴史では,ルネサンス,宗教改革,19世紀末など,文明の危機に際して解釈学は要請され,革新されてきた。伝統的に解釈学は解釈interpretatioと適用applicatioの二つの契機を含むとされる。つまり過去のテキストを解釈することは,それを現在にいかに〈適用〉するかの問題に結びつかねばならない。その意味で聖書釈義は,中世以来解釈学のモデルとなってきた。解釈者はテキストから生きた信仰のメッセージをひきださねばならないからである。
多様な解釈を統一する〈了解〉の一般理論を探求することによって,それまでの領域別解釈学を一般解釈学に普遍化しようとする動きは,19世紀にA.ベックやシュライエルマハーによって開始された。シュライエルマハーは聖書釈義学と古典文献学の両方の解釈技法を整合することに努めた。解釈にあたってテキストと著者のどちらを重視するかは,つねに解釈学上の難問であるが,彼も両者の統合に苦しみ,晩年は〈著者が自己了解する以上に著者を了解する〉という有名なスローガンに表されるように,ロマン主義的傾向を強めた。彼の企図や課題はディルタイに受け継がれ,解釈学的哲学に発展する。折からドイツ史学興隆の時期で,ディルタイにとり,歴史の文献や史料は〈生の表現〉であり,歴史学は記号を通して他者の生を了解するものである。彼は自然科学の科学性に匹敵するものを〈精神科学〉にも与えようとした。そして自然科学的認識の特質が〈説明〉であるなら,歴史的認識を範型とする精神科学の認識論的特質は〈了解〉であるとし,〈了解〉の技術学として解釈学を構想した。つまり解釈学は精神科学の基礎づけの役割を担うものである。こうして,哲学することが解釈学となる解釈学的哲学への道を踏みだしたが,同時に前述の難問も深刻化した。すなわち記号の解釈を通して,いかにして他者の生を了解するか,である。
ハイデッガーは《存在と時間》(1927)において,了解の認識論を了解の存在論に転回することによって,この論理的難点(アポリア)を克服しようとした。そこで展開される基礎的存在論とは,〈存在を了解しつつ存在する〉現存在(人間)の存在解釈学なのである。また〈世界内存在〉という概念で,了解を他者でなく〈世界〉と関係づけた。こうして了解を存在論化,世界化することにより,ハイデッガーは解釈学を精神科学の基盤にすえた。これが同時代の哲学に与えた影響は大きい。日本でもその影響下に三木清は《パスカルに於ける人間の研究》(1926),和辻哲郎は《人間の学としての倫理学》(1934),九鬼周造は《“いき”の構造》(1930)を著したのである。しかしハイデッガーは人間の存在様態の言語性を強調することによって,解釈学をテキスト解釈から遠ざけてしまった。20世紀後半の解釈学はそのアポリア克服を課題としている。その代表としてガダマーの《真理と方法--哲学的解釈学要綱》(1960)が挙げられる。彼は自然科学の〈方法〉に,人文科学の〈真理〉を対置して,ディルタイの課題を継承する。またハイデッガーの存在論的解釈学の延長上に,テキスト解釈へ還帰することを可能ならしめる解釈理論を探求する。彼は歴史的了解は意味の地平と解釈者の地平が融合することであり,テキスト解釈は問いと答えの弁証法的関係であるとして,言語中心的,存在論的,弁証法的解釈学を確立した。
20世紀後半のもう一つの解釈学的〈事件〉は,ブルトマンの〈非神話化論〉である。彼は《新約聖書と神話論》(1941)で,新約聖書の世界像は神話的表象をおびており,それを信仰の名のもとに盲目的に受け入れるよう要求するのは,〈知性の犠牲〉を強いることである。それゆえ〈非神話化〉という解釈学的操作によって,聖書テキストの宣教のメッセージをとりだして理解することが必要である,と主張し,大きな反響を呼んだ。このブルトマンの企図を受けとめ,それを象徴の解釈学に発展させたのは,フランスのリクールである。リクールは〈解釈学的現象学〉というハイデッガーの当初の企てを,言語分析という道を通って具体的に展開しようとする。彼は《悪の象徴論》(1960)で神話解釈を論じる。神話は荒唐無稽な物語ではなく,人間の根源的経験の象徴表現になりうる。象徴表現とは意味の二重性であり,字義どおりの意味を通して,第2の意味が思念される。だからこそ神話は解釈学を必要とする。根源的経験を含んだ象徴は〈意味の母胎〉であり,解釈によって,その経験の意味が救いだされる。神話解釈は神話の合理化でなく,解釈を通して原初の意味を回復する再神話化である。リクールはさらにフロイトの著作をとりあげ,精神分析は〈欲望言語〉の解釈学であるという観点から論じ,そこにおいて,象徴を非神秘化する〈還元的解釈学〉と象徴の意味の回復を目ざす〈回復的解釈学〉の葛藤を総合しようとする。それ以後リクールはテキスト解釈理論をつくりあげ,それを行動理論,歴史学理論,社会表象理論などに適用している。それは,伝統的に対立させられてきた〈説明〉と〈了解〉とが,〈解釈〉によって総合される可能性を示すもので,そこに現代解釈学の役割がある。
執筆者:久米 博
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解釈に関する学。すなわち自然科学的認識によって代表される「説明」(外面的認識)とは区別された、生あるいは人間精神の表現の把握である「理解」(内面的認識)にかかわる哲学理論。解釈学の思想は古典ギリシアにさかのぼる。「解釈する」というギリシア語動詞は、「理解させる」「わからせる」という元の意義から派生した、「表現する」「説明・解釈する」「翻訳する」という三様の意義をもっている。ことばと文字の発明者とされる神々の使者ヘルメスの任務は、このような意味における神々の思想の人々への伝達であった。理解の営みとしての解釈の作業は古代以降なされてきたが、歴史的には、ヘレニズム期の言語学、文献学とストア派的な比喩(ひゆ)的解釈とを受け継いだキリスト教の聖書の神学的・文献学的解釈、ならびにローマ法にかかわる法学的解釈が重要である。理解の学としての解釈学の概念が確立したのは遅く近代のことであり、その際シュライエルマハーのもつ意義は決定的であった。彼は解釈学の概念を厳密に理解の技術論に限定したが、それは文法的解釈と心理的解釈の2部門に分けられる。解釈学に体系的基礎を与えたベック(1785―1867)は彼の弟子である。ディルタイはシュライエルマハーに則して解釈学を「文書に固定された生の諸表現の理解に関する技術論」と定義し、そこに歴史学、精神科学一般の基礎づけを求めた。
その後、この概念の用法は拡大され、生と世界の解釈、人間一般の解釈を意味し、哲学そのものの方法となったのである。この線を徹底させてハイデッガーは、解釈学を「実存の実存性の分析論を意味する現存在の現象学」と規定する。この学において、すべての存在論的探究の可能性の条件が明らかにされるべきなのである。彼の影響は深く広範であり、神学のブルトマンにおけるように学際的でもあった。日本の和辻哲郎(わつじてつろう)の倫理学もその一例といえよう。ハイデッガーによる理解の循環構造の存在論的分析を踏まえて、現代の代表的な解釈学的哲学を唱えたのがガダマーである。彼は知の地平性、理解の歴史性を提示して、近代的・批判的方法知の真理概念を鋭く批判した。その世界地平の言語性、経験の根源的言語性の思想は、言語に絶対的ともいえる位置を与えている。今日、解釈学的哲学をめぐって、真理と方法知、伝統と批判の関係が論議され、リクールは批判的解釈学を企てている。また価値や規範に関連して解釈学と実践哲学、さらには地平とパラダイム(諸概念の結び付きの枠組み)、言語と先(非)言語的なもの、芸術と解釈学、伝統的には深く関係しあっていた解釈学とレトリック、といったテーマが広く問われている。
[常葉謙二]
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…外国語の文章が好例であるが,文全体の理解のためには,部分である単語を理解していなければならないし,逆に単語の意味を確定するためには文の全体をある程度は理解していなければならない。全体と部分のあいだのこの関係は〈解釈学的循環〉と呼ばれる。こうした循環を踏まえた理解の技術は解釈学と称され,プロテスタント神学,法解釈学,文献学などの中で精緻な展開を見ている。…
…実存哲学と現象学の影響を受け,意志の現象学的分析を通して実存を反省する〈意志の哲学〉を構想し,《意志的なものと非意志的なもの》(1950),《有限性と有罪性》(1960)を発表。以後〈現象学的解釈学〉の構築をめざし,《フロイト論》(1965),《解釈の葛藤》(1969),《生きた隠喩》(1975)を著し,言語分析を通して解釈学を具体的に展開している。【久米 博】。…
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