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ド・スタール De Stael, Nicholas

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ド・スタール
De Stael, Nicholas

[生]1914.1.5. ペテルブルグ
[没]1955.3.16. アンティーブ
ロシア生れのフランスの画家。ロシア貴族の子に生れるが,1918年家族とともにポーランド亡命,22年ブリュッセルに移り,32~33年ブリュッセルの王立美術学校で学ぶ。北アフリカ,アメリカ,イタリア,スペイン,イギリスなどを遍歴。 44年 G.ブラックの知遇を得てその影響を受ける。翌年からサロン・ド・メに定期的に出品,48年フランスに帰化。 48~52年の作品は形態の単純化と抒情的な色彩で特徴づけられるが,『フットボール』 (1952) にみられるように,常に外界の具体的イメージが内包されている。 53年以後は再び具象性が表面化している。 54年9月アンティーブに移り住むが翌年自殺した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ド・スタール
どすたーる
Nicolas de Stal
(1914―1955)

フランスの画家。ロシアのサンクト・ペテルブルグの貴族の家系に生まれる。第一革命後の1911年、一家はポーランドへの亡命を余儀なくされ、さらに両親の相次ぐ死で22年ブリュッセルに送られる。富裕なロシア人夫妻に養育され、33年にはブリュッセルの王立美術アカデミーで学ぶ。この時期からヨーロッパ各地やモロッコ、アルジェリアを訪れ、38年にはパリを本拠とする。第二次世界大戦勃発(ぼっぱつ)とともに外人部隊に入るが、40年に除隊し、43年パリに戻る。48年にはフランス市民権を取得する。42年ころから抽象画家として出発、初期の激情的な線的構成からしだいに叙情的な面的構成へと移行し、色彩も限定されたものから多彩なものに転じて、独自の叙情的抽象の画風を確立する。しかし彼は真の意味での抽象画家ではなかったといえよう。視覚の対象に対する絶ちがたい愛着から52年ころには具象的様相が画面に現れ始め、外的対象と、内的イメージによる造形的フォルムとの詩的な総合を試みる新たな展開期に入るが、それは彼の内部で異常な緊張を募らせていった。生前すでに広く欧米の画壇でその才を高く評価されていたが、41歳で南仏アンティーブで自らの命を絶った。代表作に『フットボール選手たち』(1952)、『アグリジェント』(1953・チューリヒ美術館)などがある。[大森達次]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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