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ハギア・ソフィア Hagia Sophia[ギリシア]

世界大百科事典 第2版の解説

ハギア・ソフィア【Hagia Sophia[ギリシア]】

トルコ,イスタンブールに残るビザンティン建築の代表的遺構。〈ハギア・ソフィア〉は〈聖なる叡智〉の意。325年にコンスタンティヌス1世(大帝)が建設(360年献堂)したが,その後のたび重なる火事と地震による崩壊と増改築を繰り返した。現存する遺構は,6世紀の建築家・技術者トラレイスのアンテミオスAnthemiosとミレトスのイシドロスIsidōrosの設計によりユスティニアヌス1世(大帝)が建造したバシリカ形式と集中式プランを組み合わせたユニークな煉瓦・石造建築である。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のハギア・ソフィアの言及

【イスタンブール】より

…コンスタンティヌスの街は,まだ建設途上の330年5月11日開都式を挙げ,第4回十字軍の占領期(1204‐61)を除き,1453年5月29日オスマン帝国のスルタン,メフメト2世の入城まで,ローマ・ビザンティン帝国の首都として,たび重なる異民族の攻撃に対し不落を誇った。 西方のローマに見合うこの東方の新首都づくりのため,コンスタンティヌス帝は市域を4倍の6km2に拡大してそれを城壁で囲い,セウェルスが着工した競馬場(5万人収容)を完成するとともに,かたわらのフォルム・アウグスタエオンを中央広場としてそこに元老院建物,迎賓館,宮殿(12世紀に首都北隅のブラケルナイ宮殿に宮廷が移るまで,歴代皇帝によって,改修・拡張された)などを建て,聖ソフィア教会(ハギア・ソフィア)建設用地を定め(ユスティニアヌス1世のとき実現),また円形のコンスタンティヌス広場を都市生活の中心としてそこに都市行政のための第二元老院建物,大バシリカ,官庁などを設け,城壁近くに聖使徒教会堂(アポストレイオン)を建てて,歴代キリスト教ローマ皇帝(ビザンティン皇帝)の廟墓に定めた。その他,郊外の水源から宮殿まで水道を引き,エジプトからの穀物荷揚げのため,エレフテリオス港をつくった。…

【七不思議】より

…これらのうち若干は,アレクサンドリアのファロス島の灯台,エピダウロスのアスクレピオス像などと入れ替えられることがある。後世にはローマのカピトリウム神殿やコロセウム,コンスタンティノープルのハギア・ソフィア寺院,ノアの箱舟,エルサレムの〈ソロモンの神殿〉などが入れられたりした。なおギリシア語のtheamataは〈眺めるべきもの〉という意味で,〈不思議〉という意味は含まれていないが,ラテン語ではSeptem Miraculaと訳されたため,英語でもSeven Wondersとなった。…

【ビザンティン美術】より

…こうして,西ヨーロッパ方面では円蓋建築が軽視されたのに対し,東方ビザンティン社会ではバシリカ式建築にまで円蓋を架すことが行われたのである。その最も代表的なものとしてコンスタンティノープルのハギア・ソフィアがある。 これはユスティニアヌス1世がアジア出身の2人のギリシア建築家,すなわちトラレスTralles(リュディア)のアンテミオスAntemiosおよびミレトスのイシドロスIsidōrosに命じて,費用を惜しまずに建てさせたもので,その完成は537年であった。…

※「ハギア・ソフィア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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