改訂新版 世界大百科事典 「ハチドリ」の意味・わかりやすい解説
ハチドリ (蜂鳥)
hummingbird
アマツバメ目ハチドリ科Trochilidaeの鳥の総称。この科はおよそ116属350種からなる大きな科で,南北アメリカ大陸と西インド諸島の特産である。ハチドリ類は,一般にいちばん小さい鳥としてよく知られ,そのうえ金属光沢に光る美しい羽毛をもち,独得の飛行法や花のみつを主食としていることでも有名である。ハチドリの名は,この鳥が飛ぶときの羽音がハチの羽音に似ていることによる。
全長5~21.6cm。大多数の種はミソサザイよりも小型で,最小種のマメハチドリMellisuga helenae(キューバ産)はくちばしと尾を除いた体長が2.5cmしかなく,全鳥類を通じて最小である。しかし,アンデス山地のオオハチドリPatagonia gigasのように全長が20cmを超えるものもいくつかある。羽色は緑色,褐色,灰黒色を主色とし,雌雄はふつう異色。また,雌は雄より小さい。多くの雄は,頭上,顔,のど,背中などが,金属光沢に富む緑色,紫色,青色,赤色,橙色などの美しい色で輝いている。さらにある種の雄では,冠羽,襟巻,ひげ,尾の吹流しなどの飾羽も発達している。
ハチドリ類のいちばんの特徴は飛行法であろう。かれらの飛び方は,羽ばたきが非常に早く,また正常の前進飛行をするだけでなく,ホバリングによって空中の1点にとどまることも,飛びながら後退することも自在である。ホバリングをする鳥はほかにもいろいろの例があるが(アジサシ類,ヒメヤマセミ,チョウゲンボウなど),後退飛行ができるのは鳥の中でハチドリしかいない。生理学的な理由から,羽ばたきは一般に小型の鳥ほど早い。多くのハチドリの羽ばたきは毎秒20~25回,大型のオオハチドリのそれは毎秒8~10回だが,小型種では毎秒70~80回という非常に早い羽ばたきが記録されている。飛行の速度も鳥の中では速く,正常の前進飛行で時速50~65kmの報告がある。ホバリングと後退飛行は主として採食のためで,花の前でホバリングや前進・後退飛行を繰り返しながら花のみつを吸う。正常の前進飛行では体は水平に保ち,他の鳥のように翼を上下に羽ばたくが,ホバリングでは体を45度くらい斜めに傾け,翼端が8の字を描くように翼を水平に羽ばたいている。こうした特殊な飛行法のために,翼や骨格は特殊化しているが,とくに上膊骨(じようはくこつ)が非常に短いのが特徴である。一方,脚は短くてきわめて弱く,地上に降りたり歩くことはまったくできない。水浴びも雨の中を飛びながら行っている。
食物は花みつと微小な昆虫やクモ類で,ときには熟した果物をとり,樹液を吸う。砂糖水やシロップを人工的に給餌すると,それも吸いにくる。小型で活発な動物のつねとして,エネルギーの消耗が早いので,ハチドリは10~15分に1回は餌をとらなければならない。さらに睡眠中は体温を下げ,代謝を少なくしている。くちばしは一般に細長く,多くの種ではまっすぐだが,下に湾曲しているものや,上に少しそり上がったものもある。くちばしの形状や長さは,花の形態や採食法によく適応している。例えばヤリハシハチドリEnsifera ensiferaは,その細長いくちばしを使って深い花の奥のみつを吸う。ハチドリの舌は一般に管状で,くちばしの端から長く突出することができ,くちばしと同様に花みつを吸うのに適応している。一方,花のほうにも,形や色やにおいによって特定のハチドリを引きつけようとする適応が見られる。というのは,ハチドリは花のみつを吸うと同時に,花粉を媒介してくれるからである。
ハチドリは,北はアラスカから南はフエゴ島まで分布し,公園や人家付近でも見られる。しかし,大部分の種は熱帯,亜熱帯の森林に留鳥として生息している。とくに南アメリカのエクアドル,コロンビア,ペルーに分布するものが多い。温帯以北で繁殖するものは渡り鳥だが,熱帯のものも花を求めて移動することが少なくない。巣はふつう直径5~6cmのわん形で,植物の繊維や綿毛,コケ,クモの巣などを材料として小枝の上につくられる。しかし,壺形や袋状の巣をつくるものもいる。営巣,抱卵,育雛(いくすう)はほとんどの種が雌だけで行い,雄はテリトリーを守る。卵は白く,1腹2個(まれに1個)。抱卵期間は14~19日。
代表種の一つは,アメリカ合衆国東部に分布するアカノドハチドリArchilochus colubrisである。全長約10cm。ミソサザイより少し小さく,背面は金属緑色で,雄はのどが玉虫色に輝く赤銅色。公園や林縁にすみ,冬季には中央アメリカに渡る。アカノドハチドリに似ているが雄ののどが紫黒色のノドグロハチドリA.alexandriや雄の頭部全部がバラ赤色に輝くアンナハチドリCalypte annaは,合衆国西海岸でふつうに見られる。
ハチドリ類は,アマツバメ類とともに,飛行生活に高度に適応した鳥で,両者はいっしょにアマツバメ目に分類されているが,ほんとうに類縁関係があるのかどうかは,今のところはっきりしていない。
執筆者:森岡 弘之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報