スイスの医学者、植物学者、詩人。ベルンに生まれ、幼少時より各種の学芸に卓抜な才能を発揮した。チュービンゲン大学に学んだのち、ライデン大学でブールハーフェ、アルビヌスBernhard Siegfried Albinus(1697―1770)らに師事し、ついでロンドン、パリ、バーゼルなど各地を遊学した。1736年新設されたゲッティンゲン大学に教授として迎えられ、解剖学、生理学、植物学を担当した。1753年辞職してベルンに帰り、その地で著述を中心とする生活を送った。
多数の精密な人体解剖と豊富な動物実験、そして鋭い洞察力と緻密(ちみつ)な論理とによって、数々の新発見と新しい生理学理論を構築し、以後の解剖学、生理学に多大の影響を与えた。
筋肉の収縮力を、単純な物理的弾性によるものとは考えず、筋肉に内在する性質と考え、心臓もまたこの性質をもつとした。また筋肉の収縮(興奮)は、直接筋肉に刺激が加えられておこるのではなく、神経の伝導によるとした。神経に関する研究では、脳や末梢(まっしょう)神経を刺激したり破壊したりして、それによっておこる反応や麻痺(まひ)を調べた。消化器官に関する研究では、着色した液体を用いて乳糜(にゅうび)管が吸収作用をもつことを明らかにした。動脈系に関する研究では、腹腔(ふくくう)動脈とその分枝形式(左胃動脈、脾(ひ)動脈、総肝動脈に三分岐する)を発見(ハラーの腹腔三脚として有名)、またその特殊な形式としての腹腔腸間膜動脈の存在を明らかにした。『人体解剖学図譜』(1743~1756)と『人体生理学要綱』(1757~1766)はいずれも全8巻のラテン語による大著で代表作である。医学百科事典を執筆したほか、植物学者としてスイス地方の植物を研究、また詩人、伝記作家としても一家をなし多彩な才能を発揮した。
[澤野啓一]
スイスの政治家、政治思想家。ベルンの都市貴族出身で1806年にベルン大学教授となり、1814年にベルン国大評議会議員となる。1820年カトリックに改宗したためにベルンを追われ、フランスで政論家として活躍するが、七月革命後スイスのゾルトゥルンに戻り、研究と著作活動を行う。彼は主著『国家学の復興』Restauration der Staatswissenschaft6巻(1816~1825)で近代自然法思想を歴史的にみて誤っていると批判し、宗教的基礎のうえにたつ中世の封建的領主国家を理想とする等族的家産国家論を「強者の権利」論で弁護した。彼の主張は反動期の復興的保守主義の理論としてプロイセンのユンカー層に支持された。
[安 世舟]
スイスの医学者,植物学者。ベルンの名門に生まれ,10歳でラテン語の詩を作り,ギリシア語,ヘブライ語に習熟するという早熟の才を示した。チュービンゲン大学で解剖学と植物学を修め,オランダのライデン大学でH.ブールハーフェに師事,1727年学位を得た。ロンドン,オックスフォード,パリと研修旅行を続け,バーゼルでJ.ベルヌーイに数学を学んだ。その後,故郷ベルンで医師を開業,同時にスイス山地を歩いて植物標本を採集,また詩集《アルプス》(1729)を発表した。36年ゲッティンゲン大学教授に招かれ,解剖学,外科学,植物学を講じた。筋肉と神経の働きを科学的事実で証明することに努力,筋肉が刺激に対して収縮する特性を〈刺激感応性〉と呼び,神経は刺激を脳から筋肉へ伝える役割とともに,刺激を感知する〈感覚性〉をももつことを確かめ,近代実験生理学の確立に貢献した。53年ベルンに帰って著述に専心し,《人体生理学綱要》8巻(1757-66)はじめ多くの学術書,詩,小説を刊行し,植物学ではC.vonリンネに対抗。また市政に参与して教育制度の充実や孤児院の建設に尽力した。
ハラーは詩人としても名高く,《スイス詩の試み》(1732)でスイス国民文学の先駆者となるが,文明に毒された都会と高山の自然や純朴な人々を対置してうたった長詩《アルプス》はルソーの思想を先取りするものであった。
執筆者:本田 一二+岩村 行雄
スイスの法学者。ベルン・アカデミーの教授をつとめ,カトリックへの改宗,パリの外交政治記者を経て,七月革命後スイスに戻り,政論家として広くヨーロッパに知られる。主著《国家学の復興Die Restauration der Staatswissenschaften》6巻(1816-25)では,自然法的社会契約論を論駁(ろんばく)し,宗教的基礎に立つ身分制的家産国家論を主張し,復古期の代表的思想として広く受け入れられた。プロイセンその他のヨーロッパの君主国の保守的政治家に対し,大きな思想的影響を及ぼした。
執筆者:石部 雅亮
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…ハイドは大動物(ウシ,ウマなど)の皮で,アメリカ,カナダ規格では皮重量25ポンド(約11kg)以上のもの,スキンはそれ以下のもので,幼動物または小動物(子ウシ,ヒツジ,ブタなど)の皮をさす。ハイドはその使用目的によって原料皮,または革になったとき,サイドside(背線での半裁),ショルダーshoulder(肩部),バットbutt(背部),ベリーbelly(腹部)などに裁断されることがある(図)。 動物からはいだままの生皮は腐敗しやすいので,ただちに乾燥(乾皮),塩づけ(塩蔵皮),塩づけののち乾燥(塩乾皮),防腐剤で処理後,乾燥(薬乾皮)などの方法で保存される(仕立て,キュアリング)。…
…もともと〈自然学〉の意味で使われていたphysiologieを今日の生理学の意味に用いたのは,フランスの医者J.F.フェルネルがその大著のタイトルの一部に用いたのが最初(1554)とされる。近代生理学は,18世紀のW.ハーベーによる血液循環の研究に始まり,A.vonハラーその他の人々によって基本的な枠組みがつくられ,19世紀に入ると,J.ミュラーやC.ベルナールらによって実験生理学が開かれた。とくにベルナールの《実験医学序説》(1865)は今なお一般生理学の古典である。…
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