ハルキウ(読み)はるきう(その他表記)Харкiв/Kharkiv

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハルキウ」の意味・わかりやすい解説

ハルキウ
はるきう
Харкiв/Kharkiv

ウクライナ北東部、ハルキウ州州都ハリキウともいう。ロシア語ではハリコフ人口147万(2001)、143万0515(2018推計)。中央ロシア台地から南に流れるハルキウ川、ロパニ川、ウディ川の3河川(すべてドネツ川の支流)の合流点付近の丘陵河岸段丘沖積低地に市街が広がる。ウクライナ東部の交通上の要地で、モスクワドンバス北カフカスなど8方面へ鉄道や自動車道路を放射するほか、国内線の空港が置かれている。市は1656年、南方、南東方のステップ地帯から攻撃の機をうかがう騎馬民族に対する砦(とりで)として発足、1860~1890年のロシア南部工業化時代には鉄道敷設と工場建設で発展。ソビエト政権樹立直後の1917年12月から1934年7月までウクライナの首都であった。

 ウクライナの主要な重工業都市の一つで、世界的に著名なトラクター工場(さまざまなガーデントラクターを集中的に生産)、「鎌(かま)と槌(つち)」発動機工場のほか、大型電気機械、タービン、工作機械、鉱山・林業用機械、ディーゼル機関車、ボールベアリング、自転車、オートメーション制御システム、医薬品、合成樹脂、皮革、トリコット製品、食品(製粉、食肉加工、ぶどう酒醸造)など、広範な部門の工場が集中するが、全体として金属加工と機械組立てに特化(専門化)している。ウクライナ東部の学術・文化の中心地でもあり、都心にポクロフスキー寺院(17世紀建立)、ウスペンスキー寺院(18世紀建立)の二大寺院があり、女帝エカチェリーナの宮殿(18世紀建築、現在、国立工業研究所の一部分)などが残されている。国立大学(1805創立)のほか、機械工学、航空、高速道路、鉱山、自動制御、工業経済、医学などの研究所、大学、専門学校があり、オペラ・バレエ劇場、ウクライナ民族・人形劇場などもある。ハルキウ大学付属博物館にはプシバルスキーウマの剥製(はくせい)が展示されている。1957年から地下鉄が通じ、繁華街スムスカ街、市の中心ラジャンスカ(ロシア名ソビエツカヤ)地下鉄駅周辺広場などは人通りが絶えない。

[渡辺一夫]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハルキウ」の意味・わかりやすい解説

ハルキウ
Kharkiv

ウクライナ北東部,ハルキウ州の州都。ロシア語でハリコフ Kharkovと呼称する。首都キーウの東約 400km,ドネツ川右岸支流のウドゥイ川,ハルキウ川,ロパン川の合流点にある。1655年頃ロシアの南境を守る要塞として建設された。18世紀に植民が進み,商業,手工業の中心地となり,19世紀のドンバス(ドネツ炭田)の開発と鉄道の開通により,機械工業の発展する工業中心地となった。革命後の 1917~34年にはウクライナ=ソビエト社会主義共和国の首都であった。第2次世界大戦で大きく破壊されたものの復興し,ウクライナ第二の都市として発展した。しかし,2022年2月のロシアの侵攻により激しい戦闘が繰り広げられた。多様な工業が発達し,主要なものは機械(トラクタ,ディーゼル機関車,鉱山設備,自転車),化学(染料,プラスチック,薬品),印刷,食品(酪農製品),建設資材などである。また文化,教育の中心としてハルキウ大学(1805)をはじめ,工科,医学,教育などの大学,各種研究所,劇場,博物館,プラネタリウム,植物園などがある。17世紀建造のポクロフスキー大聖堂,1812年の対ナポレオン戦勝を記念する鐘楼などが保存されている。近郊の衛星都市とともに大都市圏が形成され,近郊地域から市への通勤者も多い。幹線道路や鉄道が集中するウクライナ有数の交通の要地であり,空港もある。市内には地下鉄も開通している。人口 143万3886(2021推計)。

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