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ハーバート ハーバート Herbert, George

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ハーバート
ハーバート
Herbert, George

[生]1593.4.3. ウェールズモントゴメリー
[没]1633.3.1. ベマートン
イギリスの詩人,聖職者。ハーバート・オブ・チャーベリーの弟。ケンブリッジ大学出身。名門出の俊英で,宮廷での活躍を期待されたが,「田舎司祭」として静かな生涯を終えた。死の直前友人ニコラス・フェラーに送って出版か焼却かをまかせた詩集『聖堂』 The Temple (1633) によって,宗教的形而上詩人としての不動の地歩を占めている。

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ハーバート
ハーバート
Herbert, Sidney, 1st Baron Herbert of Lea

[生]1810.9.16. サリーリッチモンド
[没]1861.8.2. ウィルトシャーソールズベリー
イギリスの政治家。オックスフォード大学に学び,1832年以降下院議員。ピール派の一員として頭角を現し,閣僚を歴任。クリミヤ戦争の際陸相として F.ナイチンゲールと協力,軍の衛生状態改善に貢献。

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百科事典マイペディアの解説

ハーバート

英国の軍人,外交官,歴史家,哲学者。《真理論》(1624年)などの著作で,理神論の先駆者とされる。
→関連項目ハーバート

ハーバート

米国のSF作家。とりわけデューン呼ばれる惑星を舞台にした《砂の惑星》(1965年)にはじまる連作(6作,未完)が名高い。この作品は,エコロジードラッグ,新人類といったテーマを,壮大な叙事詩的設定のなかで展開させ,それが米国の社会・文化問題とも共鳴したため,1960年代米国でSFファンのみならず広い読者に読まれ,ヒッピー文化にも影響をあたえた。

ハーバート

英国の詩人,牧師。名門の出で,初め政治家を志した。形而上詩人の一人に数えられ,《聖堂》(1633年)は晩年3年間の宗教生活の結晶160編を集めたもの。E.ハーバートの弟。

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世界大百科事典 第2版の解説

ハーバート【George Herbert】

1593‐1633
イギリスの宗教詩人。ペンブルック伯家につながる貴族の家に生まれ,ケンブリッジ大学卒業。学識と人柄を認められてそのまま大学に残り,各方面に知己を得て,一時は宮廷での立身も考えたが,思うところあって英国国教会に入った。1630年にウィルトシャーのベマートンという村の教区牧師になって,残りの短い歳月をその教区民のためにささげた。彼の家柄や学識とくらべあわせて,注目すべきことである。その間,彼は敬虔な思索瞑想にふけったらしく,その結果はすぐれた宗教詩や宗教的散文となってこの世に残った。

ハーバート【Victor Herbert】

1859‐1924
アイルランドに生まれアメリカに帰化した作曲家,指揮者,チェリスト。1886年渡米,最初のオペレッタプリンスアナニアス》(1894初演)が成功したため,30以上のオペレッタを書いた。なかでも《おてんばなマリエッタ》(1910)と《スウィートハーツ》(1913)はアメリカ風オペレッタの傑作といわれる。1898‐1904年ピッツバーグ交響楽団音楽監督も務め,指揮者としても活躍した。【三浦 淳史

ハーバート【Xavier Herbert】

1901‐84
オーストラリアの小説家。ウェスタン・オーストラリア州生れ。メルボルン大学薬学部中退。処女長編《キャプリコーニア》(1938)は,アジアへの門戸にあたる北オーストラリアのダーウィン周辺を舞台に,先住民アボリジニーと白人との混血児の運命を,骨太なユーモアにあふれた文体で描いて大成功を収め,数ヵ国語に翻訳された。この作品によってオーストラリア小説は初めて外面的リアリズムの制約から脱皮したといえる。その後4作を発表したあと,1975年に同じ主題を,第2次大戦前後の国際情勢を背景により大きなスケールで展開した超大河小説《かわいそうな私の国Poor Fellow My Country》として発表し,国内に大きな反響を呼んだ。

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世界大百科事典内のハーバートの言及

【理神論】より

…したがってそれはヨーロッパ思想の中で,17世紀後半のイギリス名誉革命に始まる市民社会の発展と自然科学の興起に伴い,合理的な思弁の浸透によって従来の伝統的な国教会の教義を否認し,三位一体や啓示・奇跡を否定して聖書の象徴的・比喩的解釈を採用する異端としての神学を指す。 宗教を理性と調停するこの合理主義神学の信条は,最初17世紀の哲学者チャーベリーのハーバートHerbert of Cherbury(1583‐1648)によって定式化されシャフツベリー(三代伯)により狂信の排撃と批判の論拠として用いられたが,この主題が世間の注目を集めるに至ったのは,1696年にトーランドの《キリスト教は神秘的でない》の公刊に際して国教会の護教論者がこれに攻撃を加えたのを機に,いわゆる理神論論争が勃発したためである。この論争に登場した代表的な理神論者としては,《天地創造と同じく古いキリスト教》(1730)のティンダルMatthew Tindal(1653か57‐1733)や《自由思想について》(1713)のコリンズJohn Anthony Collins(1676‐1729),当時の大物政治家で文筆家たるボーリングブルックなどが知られる。…

【オペレッタ】より

…イギリスでも1875年ころからA.S.サリバンが《ミカド》(1885)その他の風刺的作品で評判をとり,彼の作品はニューヨークで上演されアメリカにオペレッタ旋風を送る。V.ハーバートはJ.シュトラウスのオペレッタにならった作品を書いたが,J.カーンの《ショー・ボート》あたりからミュージカルへと移っていった。オペラミュージカル【井形 ちづる】。…

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