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バスケットボール バスケットボール basketball

翻訳|basketball

7件 の用語解説(バスケットボールの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バスケットボール
バスケットボール
basketball

5人ずつからなる2チームコート内でボールを相手側のバスケットに投げ入れ,得点を競う球技。 1891年アメリカ合衆国YMCAの体育指導者ジェームズ・A.ネイスミスが考案,以後屋内競技として各国に普及した。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

バスケットボール

縦28メートル、横15メートルのコートで、1チーム5人がパスやドリブルをしてボールを奪い合い、高さ305センチの場所にある直径45センチのバスケットにボールを入れて得点を競う。22~26日、和歌山市と海南市の計5会場でトーナメントがある。成年男子は22日の1回戦と23日の準々決勝が和歌山市立河南総合体育館(同市和佐中)、24日の準決勝がノーリツアリーナ和歌山(同市梅原)、25日の決勝が和歌山ビッグホエール(同市手平2丁目)である。

(2015-09-21 朝日新聞 朝刊 和歌山3・1地方)

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デジタル大辞泉の解説

バスケットボール(basketball)

球技の一。1チーム5人ずつの二組が、規定時間内に1個のボールを奪い合い、相手チームのバスケットの中へ投げ入れて得点を競うゲーム。また、この競技に用いるボールのこと。籠球(ろうきゅう)。籃球(らんきゅう)。バスケット。

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百科事典マイペディアの解説

バスケットボール

球技の一種。日本ではかつて〈籠球(ろうきゅう)〉とも呼ばれた。1チーム5人ずつの2チームがコート内で1個のボールを奪い合い,相手側のバスケットに入れその得点を競う球技。
→関連項目大森兵蔵カヌーポロジョンソン

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世界大百科事典 第2版の解説

バスケットボール【basketball】

球技の一種。5人一組の2チームが,〈ボールは手で扱う〉〈ボールを保持したまま無制限に歩いたり走ったりできない〉〈身体接触を極力避ける〉ということを原則とした攻防のもとに,コート両端の頭上に設置してある両者のゴールにボールを投げ入れ合うスポーツ。当初,桃を入れる〈かご〉をゴールに用いたことから,この名称となった。そのため日本でも,かつては〈籠球(ろうきゆう)〉(または〈籃球(らんきゅう)〉)と呼ばれた。

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大辞林 第三版の解説

バスケットボール【basketball】

五人ずつから成る二チームで一つのボールを取り合って、相手方の陣内にあるゴールに投げ入れて得た点数を争う球技。籠球ろうきゆう。バスケット。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バスケットボール
ばすけっとぼーる
basketball

5人ずつのプレーヤーからなる2チームによって行われる球技。両チームの目的は、相手チームのバスケット(ゴール)にボールを投げ入れること(ショット)と、相手チームにボールを持たせたり得点させないようにすることで、得点を競うゲームである。その間、ボールは手で扱い、ルールに従う限り、どのような方向にでもパスし、スローし、タップ(たたく)し、転がし、あるいはドリブルすることができる。かつては、使用する用具(籠(かご)のゴール)から連想して籠球(ろうきゅう)、籃球(らんきゅう)(関西地方で使用されたときがあった。籃は中国語でかごを意味する)とも表した。
 他の多くのスポーツが、人々の生活における自然発生的な遊びから始まり、漸次ルールが付け加えられて競技化し、発展していったのに対し、バスケットボールは、ネイスミスJames Naismith(1861―1939)の創意工夫で生まれた人工のゲームである。その後ルールの変更を繰り返しながら競技化され、並行して一般の人々にも親しまれて今日の興隆に至った。[水谷 豊]

歴史


世界
1890年代初頭のアメリカのスポーツ界には、冬季に屋内でプレーできる本格的なゲームがなかった。当時、YMCAでも、そのような新しいゲームを要求する声が高まっていた。そのころ、マサチューセッツ州スプリングフィールドに、YMCAのスタッフを養成する国際YMCAトレーニング・スクールがあった。ここの養成科長ギューリックLuther H. Gulick(1865―1918)は、新しいゲームの創案を教員のネイスミスに命じ、ネイスミスは当時もっとも人気があったアメリカンフットボールなどの球技の特徴を検討して、次のような新しいゲームの4原則を考えだした。(1)軽くて、両手で持てる程度の大きさのボールを使用する。(2)ボールを保持したまま移動することを禁止する。(3)ゲーム中はいつでも両チームのだれもが、ボールを扱うことができる。(4)両チームはコート内のどこでプレーしてもよい。ただし、身体接触は禁止する。
 そして、ネイスミスが故郷のカナダ・オンタリオ州アルモントで少年時代に遊んだ「岩の上の鴨(かも)」duck on the rockという「的あて遊び」をヒントにして、「頭上の水平のゴールにショットしあう」という、新しいゲームをつくりあげた。同時に、罰則やゲームの進行に関する13条からなるルールも作成した。
 史上初のゲームは1891年12月に、ネイスミスの指導のもと、学生が9人ずつの2チームに分かれて行った。ゴールには桃の収穫時に使った籠(バスケット)を用いた。ここから、学生のひとりのアイデアでバスケット・ボールbasket ballという名称が生まれ、1921年に今日の一語で綴(つづ)るバスケットボールbasketballとなった。最初のゴールの高さは3.05メートル(10フィート)であり、以来この高さは今日まで一度も変更されていない。
 さて、初のゲームが行われた直後の1892年1月に、ネイスミスは「新しい屋内ゲーム」について、国際YMCAトレーニング・スクールの機関誌『トライアングル』に寄稿した。この機関誌は各地のYMCAにも送られていたので、これを契機にYMCAを拠点にして一気に全米に普及した。また、国際YMCAトレーニング・スクールの卒業生が世界各国のYMCAに赴任していき、紹介と普及に努めたので、国際的にも急速に伝播(でんぱ)した。
 1932年には国際バスケットボール連盟(FIBA=Fdration Internationale de Basketball Amateur)が結成された。1936年のオリンピック・ベルリン大会から男子種目に加えられ、女子は1976年のオリンピック・モントリオール大会から種目に加えられた。世界選手権大会が開催されたのは、男子は1950年から、女子は1953年からである。
 当初、FIBAに加盟したのは8か国であったが、2011年末時点で213か国・地域に増えている。
 FIBAは2004年から、オリンピックと同様に世界を5大陸(ゾーンとよぶ)に分けた。そして各ゾーンのもとにサブゾーン(2012年度時点で43か国が加盟しているFIBAアジアならば、東アジア、東南アジア、南アジア、中央アジア、西アジア、湾岸)を設け、FIBA世界選手権とオリンピックについては、まずサブゾーンごとに予選を行い、勝ち進んだ国によるゾーンの予選を行い、これを勝ち抜いた国が出場権を獲得するという予選制を敷いている。[水谷 豊]
日本
1908年(明治41)に、国際YMCAトレーニング・スクール卒業生の大森兵蔵(ひょうぞう)(1876―1913)が帰国して、東京YMCAなどに初めて本格的に伝えた。しかし、普及・発展には多くの事績を残せないまま、1913年(大正2)にアメリカで客死。同年、ブラウンFranklin H. Brown(1882―1973)が北米YMCA同盟から派遣され、神戸、大阪、京都、東京、横浜などのYMCAで新たに紹介と指導を重ね、これが実質的な普及・定着の契機となった。1917年、第3回極東選手権競技大会が東京の芝浦で行われたとき、京都YMCAチームが日本代表として国際大会に初めて出場。1921年から始まった全日本総合選手権では、東京YMCAが三連覇を果たすなど、草創期はYMCAの独壇場であった。
 ついで、学生チームが台頭し、1924年に、立教、早稲田(わせだ)、東京商科(現在の一橋(ひとつばし))の3大学が学生連盟を結成し、リーグ戦を開始。しだいに、YMCAから学生チームに主導権が移り、1930年(昭和5)には、関東大学リーグOBたちによって大日本バスケットボール協会が設立された。
 その後、全国で各選手権大会などが始められ、バスケットボールは日本に確実に根づいた。また、大学チームの海外遠征や国際交流も活発に行われ、1936年にはオリンピック・ベルリン大会に出場し、参加14か国のうち第10位となった。
 第二次世界大戦の空白のあと、1945年(昭和20)に日本バスケットボール(初期の名称では籠球)協会が復活。さらに1950年には国際バスケットボール連盟に復帰した。同年ハワイ日系二世チームが来日した際に、片手ショットやドリブルなど、当時のアメリカの最新技術を学び取り、その後、アジア競技大会などの国際大会、オリンピックや世界選手権にも参加するようになった。
 1955年ごろを境に、日本のバスケットボールの主流は学生から実業団に移り始めた。男子では、1949年からすでに国内諸大会を通して日本鋼管が94連勝という記録を果たしていたが、1957年から全日本総合選手権で日本鋼管が6年連続優勝するなど、上位を実業団が占めていく。女子では、1964年からユニチカが国内諸大会を通して171連勝し、やはり上位を実業団が占めていった。オリンピック・東京大会以降、小学生(ミニ・バスケットボール)、障害者(車椅子(いす)バスケットボール)、家庭婦人バスケットボール、教員、教員養成系大学など、プレー層と大会が多様化した。
 1967年、実業団チームによる男女の各「日本リーグ」が発足し、日本のバスケットボールの頂点となる。 その裾野(すその)に日本リーグ以外の実業団、さらに大学、高校、中学校、小学校、その他のクラブチームなどが連なる日本のバスケットボール界が形成された。1995年(平成7)に「バスケットボール日本リーグ機構」が設立され、翌年に日本リーグが同機構に移管。また、1998年に「女子バスケットボール日本リーグ機構」も設立され、女子の日本リーグも同機構に移管された。その後、男子は2007年(平成19)に「日本バスケットボールリーグ」(JBL=Japan Basketball League)として改組された。
 今日、スポーツの世界的傾向として、アマチュアとプロの区別が緩和・消滅化するなか、バスケットボールも例外ではなく、外国と同様に、プレーヤー個人としての立場でチーム保有会社(チームの親会社=企業)と契約を結ぶ「契約選手」(とよばれる事実上のプロプレーヤー)が珍しくない状況である。また、男子日本リーグではプロ契約した外国人プレーヤーの存在も常態化している。さらに、企業の傘下ではなく、チーム全体が独立営利団体として活動するところが2チームある(2011年時点)。女子日本リーグは男子のような外国人プレーヤーとの契約を認めていない。
 2005年に日本初の男子プロリーグ「bjリーグ」が発足。bjリーグのチーム活動は、男子日本リーグのように、一企業に依存しない地域密着性を趣旨としている。当初は6チームであったが、2012年度までに19チームに増加した。2010年度から日本バスケットボール協会の公認団体となっている。
 ミニ・バスケットボールは1976年に全国組織が設立、1981年から小学校の正課体育にも導入され、隆盛した。学校の部活動と地域クラブのチームがあるが、地域クラブがほとんどである。将来的に頂点のナショナルチームに結びつく、草の根的なプレーヤー育成の役割を果たしている。[水谷 豊]

日本と世界の現状

1960年にアジアバスケットボール連盟が結成されて以後、日本のアジア選手権大会における優勝は、男子は2回、女子は1回にとどまっているが、男女ともに中国や韓国などとしのぎを削っており、アジアではほぼトップレベルを維持している。
 男子は、オリンピック正式種目となった1936年(昭和11)ベルリン大会に参加、その後、1956年メルボルン(10位)、1960年ローマ(15位)、1964年東京(10位)、1972年ミュンヘン(14位)、1976年モントリオール(11位)と続いたが、それ以後は地区予選(アジア選手権)敗退により出場していない。また、世界選手権大会も1967年の後は出場を逸していたが、1998年(平成10)に31年ぶりに出場権を獲得し、大会での成績は16チーム中14位であった。また、2006年(平成18)に日本で開催されたときにも出場した。
 女子は、オリンピック正式種目となった1976年モントリオール大会に参加(6チーム中5位)し、その後は出場を逸していたが、1996年アトランタ大会に出場、20年ぶり2回目の出場で12チーム中7位であった。また、2004年にはアテネ大会に出場した。世界選手権大会は1964年以降ほぼ毎回出場しており、1975年には2位となっている。[水谷 豊]

プロリーグ

アメリカでは、1946年に東部と中西部にプロリーグがあった。1949年、この二つが合併し、新たに11チームによるBAA(Basketball Association of America)が発足。その後、1949年にBAAはチーム数が17に増え、名称も今日のNBA(National Basketball Association)と改め、アメリカを代表するプロリーグとなった。2012年度時点で、カナダのトロントを含めた30の都市に拠点(フランチャイズ)を置くチームを擁している。全米をイースタン・カンファレンス(大西洋沿岸、南東部、中央部の3地域)、ウェスタン・カンファレンス(太平洋沿岸、北西部、南西部の3地域)に分け、レギュラー・シーズンにおのおの82試合ずつ行う。
 アメリカではアメリカンフットボール、野球、アイスホッケーと並ぶ人気プロスポーツであり、1試合当り平均入場者数は1万7000人余り(2011年度時点)に上っている。
 プロリーグはアメリカのNBAにとどまらず世界的な広がりをみせている。その多くはアメリカのNBAとは異なり、プロあるいは準プロプレーヤーが所属するチーム(クラブチーム)により、自国内でリーグが結成されている。また、複数の国のリーグから加盟したチームにより地域リーグが立ち上げられている。ヨーロッパ諸国が加盟するユーロ・リーグも定着し、アジアでも中国、韓国、台湾などが自国内リーグをもち、マレーシア、インドネシア、フィリピンなどの東南アジア諸国、イラン・ヨルダン・レバノンなどの西アジア諸国、湾岸諸国などは地域リーグを結成している。さらに、オーストラリア・ニュージーランドなどのオセアニア諸国でもプロリーグが結成されている。
 一方、女子は、1978年にアメリカで14チームが加盟したWBL(Women's Basketball League)が世界最初の女子プロリーグであるとされるが、わずか3シーズンで消滅した。ところが、1996年に開催されたオリンピック・アトランタ大会で開催国のアメリカ女子代表チームが劇的な金メダル獲得を達成したことにより、女子バスケットボールはアメリカ国内で再認識された。まずABL(American Basketball League)が9チームの新生プロリーグとして同年10月に登場し、まずまずの成功をおさめた。ついで、1997年6月に8チームからなるWNBA(Women's National Basketball Association)という、NBAの全面的な支援をうけた二つめのプロリーグが登場した。とくにWNBAは外国人プレーヤーとも契約し、日本では萩原美樹子(1970― )が1997年に日本人WNBAプレーヤー第1号となった(1997~1998年度シーズンにサクラメント・モナークス、フェニックス・マーキュリーでプレー)。ABLは、WNBAのようなNBAの施設使用や観客動員などの支援がなく、2シーズンで活動を閉じた。他方、ヨーロッパにおける女子リーグの結成はアメリカより前から始まっており、大学を卒業してなおプレーを望むアメリカの有力選手が活躍できる場(受け皿)となっていた。しかし、それらの選手たちも母国でプロプレーヤーとして活躍することが普通となり、その人気もアメリカ社会に定着し、現在に至っている。アジアでは地域全体の女子プロリーグはまだ結成されていないが、韓国・中国・台湾などは独自のプロリーグを擁している。
 このようにプロ・バスケットボールは男女とも世界的規模で広がり、定着してきている。オリンピックや世界選手権では、プロプレーヤーをもつ国では男女とも(自国の国籍を有するプレーヤーに限るが)ほぼプロプレーヤーのみでチームを編成するようになった。[水谷 豊]

施設・用具

コートは障害物のない長方形の平面とし、縦28メートル、横15メートルとする。ただし、公式大会でなければ、主催者は縦26メートル以上、横14メートル以上の現存するコートを使用できる。コートの大きさは、幅5センチメートルの境界線(ライン)の内側で測る。天井の高さは少なくとも床から7メートルなければならない。コートは、どこででも境界線から障害物や観衆まで2メートル以上離れていなければならない。バックボードは、適切な強度をもつ透明な材質の単一体とする。透明でない材質を用いてもよいが、その場合は表面を白く塗る。大きさは、水平方向1.80メートル、垂直方向1.05メートルで、表面は平面とし、幅5センチメートルの線で縁どるとともに、リングの真後ろに幅5センチメートルの線で長方形を描く。この大きさは、その外側で水平方向59センチメートル、垂直方向45センチメートルとし、底線の上縁はリングと同じ高さにする。これらの線の色は、透明なバックボードの場合は白、その他の場合は黒を標準とする。プレーヤーの負傷を防ぐために、バックボードの下縁と支柱には適当な覆いをする。
 バスケットは、内径45~45.9センチメートルのオレンジ色に塗られた鋼鉄製のリング(太さは直径1.6~2センチメートル)と、リングに取り付けた長さ40~45センチメートルの白い紐(ひも)製のネットとする。ボールの表面は、皮革、合成皮革、ゴムとする。大きさは、男子用が周囲74.9~78センチメートル(7号サイズ)、重さは567~650グラムとする。女子用は周囲72.4~73.7センチメートル(6号サイズ)、重さ510~567グラムとする。中学校用のボールも、男子が7号サイズ、女子が6号サイズである。なお、小学生の場合は、ボールが5号サイズ、ゴールの高さが2.60メートルなど、ミニ・バスケットボール・ルールによって、別に定められている。[水谷 豊]

競技方法

ゲームは1ピリオド(クォーターともいう)を10分間とし、1試合4ピリオドを行う。中学校のゲームは、8分のピリオドを4回行う。第1・2ピリオドを前半、第3・4ピリオドを後半とし、第1・2および第3・4ピリオドの間、および延長時限の前にそれぞれインターバルを2分間、前半と後半の間のハーフタイムを10分または15分間とする。反則がコールされたときにジャンプ・ボールやフリー・スローの最中であれば、その時間は除外される。ゲームは、センター・サークルで主審が両チームのジャンパーの間にトス・アップして、開始される。点数は、スリー・ポイント・エリアからのフィールド・ゴールは3点、ツー・ポイント・エリアからのフィールド・ゴールは2点、フリー・スローによるゴールは1点とする。
 規則に対する違反(反則)には、バイオレーションviolationとファウルfoulがある。バイオレーションとは、体の触れ合い、スポーツマンらしくない行為を除いた規則に対する違反である。たとえば、ボールを保持したまま規則を超えた歩数を移動する、ボールを保持したチームが24秒以内にショットしない、ボールを8秒以内にフロント・コートに進めない、攻撃側のプレーヤーがバスケット(ゴール)付近の制限区域に3秒以上とどまる、ボールを境界線の外に出す、ひと続きのドリブルを終えてまたドリブルを始める、などの違反がある。バイオレーションを犯すと、罰則としてボールの所有が相手側チームに移り、近くの境界線の外からボールをスロー・インしてゲームは再開される。
 ファウルには、(1)相手チームのプレーヤーとの体の触れ合いによるプレーヤー・ファウル(パーソナル・ファウルpersonal foul)として、たとえば相手を押すこと、たたくこと、突き当たること、つまずかせることなどがある。また、(2)相手チームのプレーヤーとの体の触れ合いがないプレーヤー・ファウルで、スポーツマンらしくない行為はテクニカル・ファウルtechnical foulという。パーソナル・ファウルとテクニカル・ファウルを合計5回犯すと、以後の出場は認められない。ショットの動作中のファウルに対しては、そのショットが成功したときは得点とし、さらに1個のフリー・スローを与える。そのショットが不成功のときは、ショットをした場所に応じて、2個(ツー・ポイント・エリア)または3個(スリー・ポイント・エリア)のフリー・スローが与えられる。ショットの動作以前の場合は、生起した場所にもっとも近いサイド・ラインまたはエンド・ラインの外からのスロー・インによって攻める権利が与えられる。また、各ピリオドごとに、5個目からのプレーヤー・ファウルに対して、ショットの動作に関係なく、相手側に2個のフリー・スローが与えられる。
 ゲームは、最初に両チームとも5人ずつのプレーヤーをそろえていなければ始めることはできない。ゲームに出場できるプレーヤーの数は1チーム12人以内である。ただし、国内のゲームでは大会主催者の判断により12人を超えてもよい。プレーヤーは、回数に制限なく交代できる。
 ショットと最後のフリー・スローが成功したあとは、得点されたチームのだれかがそのバスケットの後方のエンド・ラインの外側(アウト)からスロー・インする。コーチや交代要員に対するテクニカル・ファウルがおこったときは、相手に2個のフリー・スローが与えられたのち、さらにスローアー側のチームがセンター・ラインのアウトからスロー・インをしてゲームを再開する。
 第4ピリオドが終わったとき両チームの得点が同じならば、1回5分の延長時限を必要な回数だけ行う(中学校では、延長時限を1回3分とする)。1チームは、前半(第1・2ピリオドを通じて)に2回、後半(第3・4ピリオドを通じて)に3回、各延長時限に1回ずつのタイム・アウト(1分間のゲームの休止時間)を請求することができる。
 審判は、主審(レフェリー)および副審(アンパイア)とし、大会主催者は2人制(主審1・副審1)あるいは3人制(主審1・副審2)のどちらを採用してもよいが、今日では3人制がほとんどである。
 なお、ミニ・バスケットボールの競技方法に関しては、別のルールによる。[水谷 豊]
『J・ネイスミス著、水谷豊訳『バスケットボール――その起源と発展』(1980・日本YMCA同盟出版部) ▽水谷豊著『バスケットボール物語』(2011・大修館書店) ▽日本バスケットボール協会編・刊『2011~バスケットボール競技規則』』

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世界大百科事典内のバスケットボールの言及

【スプリングフィールド】より

…スプリングフィールド銃が製造された合衆国最古の兵器廠(1794設立)があり,この中に銃器博物館がある。バスケットボール発祥の地であり,スプリングフィールド大学内にはバスケットボールの殿堂が設けられている。アメリカン・インターナショナル大学,ウェスタン・ニューイングランド大学など大学の数も多い。…

【ネットボール】より

…イギリスを中心にその関係諸地域に普及している競技のほか,日本の小学校では別種のゲームがネットボールの名で行われている。前者はバスケットボールの一つの変型として1900年前後にアメリカからイギリスに伝えられ,主として女子学生のスポーツとして発展した。コートは幅50フィート(15.24m),長さ100フィート(30.48m)で,長辺を3等分したエリアに分けられる。…

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