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バーチュシコフ バーチュシコフ Batyushkov, Konstantin Nikolaevich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バーチュシコフ
バーチュシコフ
Batyushkov, Konstantin Nikolaevich

[生]1787.5.29. ボログダ
[没]1855.7.19. ボログダ
ロシアの詩人。フランス啓蒙思想の影響を受け,保守的な文学を風刺する詩『レーテの岸辺の幻』 Videnie na beregakh Lety (1809) で脚光を浴びた。

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世界大百科事典 第2版の解説

バーチュシコフ【Konstantin Nikolaevich Batyushkov】

1787‐1855
ロシアの詩人。フランス語イタリア語ラテン語など語学の素養が深く,特にパルニー,タッソペトラルカの影響を強く受け,ロシア詩の中にイタリア風の流麗さとメロディを導き入れようと努めた。1810年ころ,カラムジン派に加わり,古典主義や古語遵守派に抗して新しい文学創造を目指すアルザマス会(1815‐18)のメンバーとなった。訳詩集《ギリシアアンソロジーより》(1817‐18)は,プーシキンをはじめとするロシア詩人に大きな影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バーチュシコフ
ばーちゅしこふ
Константин Николаевич Батюшков Konstantin Nikolaevich Batyushkov
(1787―1855)

ロシアの詩人。古い家柄の貴族の家に生まれる。ナポレオン戦争に参加、のち外交官としてイタリアに駐在。早くからアナクレオン風の軽妙な詩風の作品を書き、カラムジンの文章語改革を支持する「アルザマス会」(1815~18)の一員となる。生の悦(よろこ)びと悲哀を繊細に歌い上げた作品が多く、代表的な詩に悲歌(エレジー)『友の影』(1814)、『瀕死(ひんし)のタッソー』(1817)などがある。作品集に『詩と散文の試み』(1817)がある。ギリシア古典詩やバイロンの紹介にも功績があり、プーシキンの直接の先行者として知られる。1822年遺伝性の精神病のため活動を停止。[中村喜和]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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