翻訳|elegy
今日一般に〈悲歌〉〈挽歌〉など,哀愁を歌う詩を指す語として理解され用いられている言葉。この名称で伝わる詩文のジャンルの歴史は古く,その始源は前7世紀ギリシアの詩人たちにさかのぼる。語源は不明であるが,小アジア系統の楽器あるいは楽曲に由来すると推測されている。ギリシア人は一般に笛の伴奏によって歌われる,六脚詩一行と五脚詩一行を交互に連ねた二行連詩からなる短詩形の詩をエレゲイアelegeiaと呼び,その形と名称は古代ローマの詩人たちの間でも踏襲されている。その詩形に盛られた内容は,古典期ギリシアにおいては多岐にわたり,政治,軍事,人生論,神観,酒,美少年などのテーマを含み,また墓碑もこの詩形をもってつづられているものが多い。ヘレニズム期には技巧的に洗練され,神話や恋の歌,巧緻な芸術品をめでる歌などとともに,哀愁を告げる作品も数多く生まれて,アレクサンドリア文学を代表するジャンルの観を呈している。中でもカリマコスなどのエレゲイア詩の影響下に,共和政末期,帝政初期において活躍したローマの抒情詩人たちは,エレゲイア詩形による彼ら独自の恋愛詩の伝統を創造し,恋の喜びや悲哀を歌った。後世ドイツの詩人ゲーテがその形と内容を範として《ローマ悲歌集》を編んだのも,ローマのプロペルティウスやオウィディウスの恋愛詩に触発されたからである。オウィディウスはまた,この詩形によってローマの神話・伝説をまとめた《祭暦》を編み(未完),後年流謫(るたく)の地からの《書簡集》を残している。
エレゲイアの内容に恋人の嘆きや死別の悲哀が含まれるのは,古代よりの風であったが,〈悲歌〉〈挽歌〉の同義語としてエレジーなどの語が用いられるようになったのは,近世以後であり,また古代の二行連詩の形式に拘泥することなく,詩人は追悼や離別の哀愁を歌ってその作品がエレジーと呼ばれるようになる。リルケの《ドゥイノの悲歌》はこの長い伝統と変遷の最後を飾るものに数えられる。なお近代以降,エレジーの語は楽曲の標題にも使われることがある。
執筆者:久保 正彰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
悲歌、挽歌(ばんか)。ギリシア語のエレゲイアelegeia(哀悼歌(あいとうか))に由来し、親しい人の死、ひいてはこの世のはかなさを悲しみ嘆く詩。形式的には六歩格(ヘクサメトロス)に五歩格(ペンタメトロス)をつけた2行を1単位にし、内容的には哀悼、哲学的論考、死者の慰めからなり、人生の意味、死の覚悟など親愛なる人間の死を契機として作者の死生観を吐露する詩である。古代小アジアの哀悼歌の様式がギリシアに伝わったものであり、ローマの詩人カトゥルスやオウィディウスらに受け継がれ、やがてドイツやイギリスの詩人たちによって踏襲され、発展した。ギリシアのエレゲイアの形式に従う詩は、政治詩、献辞、教訓詩、エピグラムなどの内容をもっており、古典時代に頻用されたが、近代に至っては詩型よりも内容が重視され、とりわけ身近な人たちの死や不幸について、悲哀の心情をせつせつと吐露する詩のことをさすようになった。代表的作品には、ミルトンが溺死(できし)した友人エドワード・キングを哀悼した『リシダス』をはじめとして、ゲーテの『ローマ哀歌』、シラーの『逍遙(しょうよう)』、ラマルチーヌの『湖(みずうみ)』、トマス・グレーの『墓地の哀歌』、シェリーが友人キーツの死を歌った『アドネイス』、テニソンの『イン・メモリアム』などがあるが、20世紀最大の悲歌はリルケの『ドゥイノの悲歌』であり、在来の個人的感懐を脱して、種々の権力に圧殺されつつある人間の状況を訴えたもので、現代詩に多大な影響を与えた。
[船戸英夫]
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